「レトリバーってなんのこと?回収者?」
スタンドテーブルでジャンボン・ブールという名のハムサンドの包装紙を捲りつつ、レニはリックに聞いてみた。
「狩猟犬の一種だよ」
熱々のジャンボン・フロマージュ(チーズサンド)をふうふうしている。湯気が消える頃には、溶けたチーズの食べ頃を過ぎてしまうのではないか。
「シュリョウケン?」
「獲物の回収が巧みな猟犬。ハンティング・ドッグ」
「へえ」
リックがようやくパンに齧りつく。チーズの端が黄色く固まりかけていたが、満足気な表情。レニも一口また齧る。ハムが美味しい。コンビニでは買えないやつ。
「レニ。初めて会った時、覚えてる?」
リックはアイスコーヒーのストローから口を離してそう聞いた。彼はいつの間にか食べ切っている。早い。
「リックは、金色の猫を探してた」
「アビシニアン。君と離れた後、僕、振り返ったんだ」
「何で?」
「そりゃ……」
リックの青緑の瞳が、瞼の縁をぐるりとランニングした。前にも見た仕草。癖なのだろう、と想像する。
リックはテーブルに両肘をつき、自身の手のひらを手遊びみたいに組んだり合わせたりした。
「で、歩いている姿を見えなくなるまで見てた。ゴールデン・レトリバーみたいだなって」
レモンスカッシュで、サンドイッチの最後の一口を流し込む。シュワシュワと美味しいが、氷が少ない。もう少し冷えていてもいいのかも。
「私は、リックが走るの、猫みたいだなと思って見てた」
「そーなの?」
「アビシニアン?あの猫とそっくり」
「へへっ、嬉しいな」
リックは組んだ手をテーブルに置き、重心を前にかけた。
「レニは、休みの曜日は決まってる?」
レニは、脳内のスケジュール帳を展開する。さっきの電話依頼を次の土曜にタスクイン。
「火木金はフルタイムで仕事。他の曜日は、週1から3件でスポットが入ることがあるわ。水曜日はオフになりやすい」
「水曜日か……。土日は、どっちに多く仕事が入る?」
仕事の中身については聞かないんだな、とレニはなんだか感心した。
「日曜日ね」
「土曜日さ。レニが空いている日に会えるかな?」
「いいよ」
イエス、と小さい声で、控えめなガッツポーズ。分厚いメガネ。鼻の上に、赤いあとがついている。
「リックは忙しいんじゃない?」
初デートなのにコンタクトがなくて、はにかみながらビンゾコメガネを掛けてくる男の子なのだ。
「その方が楽しいから。研究は面白いし」
「コンタクトを買い忘れるくらいだもんね」
「レニとの約束は忘れないよ。誕生日も」
「そう?ありがと」
リックはカップを持ち上げストローを啜る。中身がなくて、ズズズズ、と音がした。
「もう少し話したいけど、そろそろ帰る」
「うん」
トレイとゴミを片付けて、道に出る。リックが右手の手のひらをレニにやんわりと向けた。
「送らなくていいよ。道は覚えた」
「いいの?危なくない?」
あははっ、と軽やかに笑い、リックは左手でメガネを外す。
「レニは僕のボディーガードじゃないでしょ?」
裸眼の猫目は三日月みたいに細まって、眉間に窪みが発生した。
「わかった。またね、リック」
「メールする。バイ」
「バイ」
メガネを両手で掛け直し、手を振り彼は大股で歩いていった。