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Reverence[Clara_Back Then]_石の脚#04

7月。
ムーンタワー67階。第1会食室。

「イワン・ムーンライトです」
「クララと申します」

10人がけのテーブルの、長辺の中心に向かい合っての席があった。
普通は端と端だよね。近くで話したいのなら、机を小さくすればいいのよ。

「イワン様は、私のお仕事ご存知かしら?」
「はい。トリル……ですね」
「ご利用になったことが?」
「いえ。……父は、よくそちらに足を運びますが」
「ご利用ありがとうございます」

イワン・ムーンライト。私より16歳も年上。身体がでかい。190近くあった。スケベオヤジとはあまり似ていない。育ちのいいおぼっちゃま、という感じ。
こういう男は嫌い。きっと、お腹を空かせたことも、家賃の心配したこともない。
コータのいる部屋に帰りたい。でも、最近少し気まずい。

5本の足の指が両足とも石になった。爪先立ちはできるけれど、うまく跳べない。足首が硬くなったら、トリルの仕事もできなくなっちゃう。

なんでこうなっちゃったのかなあ。

フルコースを黙々と食べる。ステーキが美味しい。メニューはメインまで進んでるのに、この人なんで何も言わないの?
カタン。カタ。
「イワン様は、私と結婚したいのですか?」
イワンはパチリと瞬いた。つぶらな瞳。オヤジと同じ灰色だけど、嫌な感じはあまりしない。
「ストレートですね。クララさん」
「はい。嫌われてもいいと思っていますから」
「そのご期待には添えません。僕は貴女に一目惚れしちゃいましたから」
一目惚れかあ。バカみたい。
「人間の女は歳をとる。皺ができるし太るし、偏屈になる。アンドロイドじゃありませんのよ。そういうことを知っていますか?」
「はは。ますます好きになりました」
そういえば、この人ステーキ食べてない。肉が嫌いなのかしら。コータと同じね。
「変な人。私、貴方のことを、好きでもなんでもありませんのよ」
「だって、まだ会ったばかりでしょう?」
そうよ。だったらあんたはなんで好きとか言えるわけ?
何も知らないのに。
私の暮らしも。
私の仕事も。
私のダンスも。
私のパートナーのことも。
私の、嫌いな食べ物だって知らないでしょう?
「処女じゃないわよ」
「トリルなら当たり前のことだと、理解しています」
「同棲している彼がいるわ。仕事も職場も同じです」
「そうなんですか……」
「幻滅しました?」
「ショックを受けたけど、幻滅はしていません」
「彼も男に抱かれてるのよ」
「……トリルなら、そうですよね」
「私は、仕事が終わった後で、その彼に抱かれるの」
「……そう、なりますよね」
「貴方のお父様にも」
「…………知っています」
「ねえ。汚らわしいでしょう?」
「いいえ」
静かな声。静かな瞳。もっとひどいことを言ってやろうと思ってたのに、次の言葉が出てこない。
イワンは立ち上がり、机をぐるっと回って、テーブルに向いた私の左横で跪いた。
「クララさん。貴女は美しい」
視線をステーキの空き皿に向けたまま、イワンの声を聞いた。
「顔が?それとも、この身体?」
「それももちろん美しい。しかし、僕が美しいと思うのは、命の匂いです」
思わず顔を向けた。イワンは、近くで見ると思っていたより大人に見えた。そうよね。16歳も年上だもの。
「命の匂い?」
「強烈です。近くにいると、むせ返りそう。眩しくて目を開けていられないくらい」
イワンが私の右手を握った。大きい手。私の2倍くらいある。
「生きる執念を、勝利への意志を、とても強く感じます」
「私が、何に勝とうとしていると?」
「おそらく、運命に」

……運命、か。

そうね。
病気は運命。
6区落ちも運命。
コータと出会ったのも運命。
2人のパ・ド・ドゥも、運命。

私が踊ることは運命。

それだけのことよ。

椅子を引き、立ち上がる。爪先は覚束ない。でも、脚。まだ動く。
これが最後のステージよ。
「イワン様」
「はい。クララさん」
「お食事中に、無作法だとは思うのだけれど……。私のバレエを見てみませんこと?」
「是非」
「私のこの脚でどこまで跳べるのか。しっかりご覧になってください」

「わかりました。エトワール」

レヴェランス。足の甲が軋む。
私の両脚。4分でいい。ちゃんと仕事をしてちょうだい。

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