26_ハロー、ワールド#02
2252年1月。
2層Bエリア"ブラウンR/MS"
1階セキュリティS特別無菌室。
「ふうん。ラジィ、どうするの?」
「どうしよう」
レイチェルとトピーと、ラジィは正3角形の配置で床に座っておしゃべりしている。
クリスマスから1ヶ月ぶり。レイチェルは、あまり変わらない。髪の長さも、肌の感じも、着ている服もいつも通り。
……のはずなんだけど、いつだって初めて会った女の子みたいに感じる。レイチェルが、大きな赤い瞳で僕をじいっと見つめている。
脚を見る。少し大きい麻の面会着からはみ出す脛の色はグレー。
これ、もうすぐ取っちゃうんだよなー。せっかく、走れるようになったのに。
「レイチェル、どう思う?」
「私?どっちでも同じ」
返事が早くてあっさりしてて、なんだか拍子抜け。隣のトピーもニコニコしてる。
「えーと、どういうこと?」
「ラジィの脚があってもなくても、ラジィはラジィだもん」
「あ。そうだよね」
「でしょ?」
レイチェルがふふっと笑った。トピーも両目を三日月みたいに細めて口をにいっと曲げる。姉妹みたい。
レイチェルは立てた膝に肘を置いて頬杖をつく。
「クララ様の言う通りだよ。歩くとか走るとか、そんなのは関係ない」
麻の患者着から、白い脛と貝殻みたいな爪が見える。レイチェルの声が、耳というより肌に聞こえる。
「時間は止まらない。間に合うかどうかなんて、運命みたいなものよ」
運命。
そうなのかな。
僕の脚がないのも。
レイチェルが病気なのも。
イイナズケなのに、指一本も触れられないのも。
大人になって結婚するのが、とっても難しいってことも。
それも、全部運命なのかな。
「僕、レイチェルとほんとは毎日会いたいんだ」
レイチェルが目をまん丸くした。
「26回も洗浄しなくちゃいけないのに?」
「うん」
「どうして?」
「僕、レイチェルのだんなさまだもの」
イチゴみたいな可愛い目。睫毛の色が真っ白で、ショクニンさんの砂糖菓子みたい。
そこから、ぽたぽた雫が落ちた。
「あっ!」
涙、泣いてる!
どこか痛いのかな。トピーも心配そうな顔。
「レイチェル!具合悪い?」
「ううん。違うの……」
レイチェルが、麻の袖で涙を何度か拭った。本当だったら、僕が拭いてあげたいのにな。
「私、自分で泣いたの、初めて」
「自分で?」
「うん。しょっぱいのね。涙って」
「そうだよ」
涙の味を知らないんだな、と不思議な気持ちになった。
レイチェルは、目の周りをピンク色にしてにこっと笑った。
「ラジィ。私、あなたが好きよ」
ぴく、と指が動いた。心臓がドキドキする。
こんなにステキな女の子が、僕のこと、好きだって言ってる。
年下なのに。
脚がないのに。
貰われっ子で、同じ歳の友達は1人もいない。大人がいない時間は、猫とアメしか、僕の相手をしてくれない。
それでも、僕を好きだって。
じわっと涙が出そうになったけど、男の子だもん。泣いたりしない。
「僕もレイチェルが好きだよ」
「キスしたいわ」
「さわれないよ」
「そうなのよ」
レイチェルがぷう、と頬を膨らませる。僕はすっごくつっつきたくなった。けど、それもやっぱり、だめなんだ。
いつか、君に触れられる日が来たらいいな。
「私、もしも病気が治ったら、お姫様だっこして欲しいわ」
「どういうやつ?」
「こんな感じ」
「あ、わかった」
レイチェルがふふっと笑った。リフィルもないのに、トピーの笑い声がする。
「落っことさないでね。ラジィ」
「うん!まかせて」


