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35_ My moon.#05

「ジャン!」
「ラジエル様。ナイス・ランニングですが、室内では控え目に」
「あ、そうだよね。へへっ」
お昼ご飯に、ジャンがいた。今日のご飯は1人。おじさまも、おばあさまもどこかに行っていないんだ。
「お掛けください。今日のランチはア・ラ・カルトです」
「選べるの!?」
「はい。メニューをどうぞ」
「えーっと。……オムライスと、ぶどうジュース!」
「デザートはどうなさいますかな?」
「今日はやめとく」
「かしこまりました」
ジャンはお辞儀をして、ドアの向こうに歩いて行った。動きがシャキッとしていてかっこいいなあ。僕の脚では、まだちょっと無理。
鍛えなくっちゃ。午後はスイカとかけっこしよう。


「ねえ、ジャン」
「はい。ラジエル様」
食後のアイスココアを持ってきてくれたジャンにも、僕は聞いてみることにした。
「ジャンは、結婚したいと思ったことある?」
ジャンは眉毛をぴょこっ、と上げて、ニッコリ笑って頷いた。
「ありますとも」
あ!やっぱり!
「100回くらい、プロポーズをいたしました」
ん?プロポーズって、普通は1回だけだよね?
「ジャン、それって……?」
「同じ数だけふられております」
ずるっ!椅子から滑り落ちそうになっちゃった。
「えー!ジャン、変なのー!」
「ほっほっほ。そうですなあ」
「それって、同じ人?」
「左様でございます」
「どうして何度もチャレンジするの?」
ジャンが笑って、顔中がくしゃっとなった。これ、もしかして照れてる顔?
「その方が、綺麗な瞳で笑うからでございます」
あ、やっぱり照れてる!
へー!でも、なんでだろ?
「笑うの?その人、お断りしてるよ?」
「はい」
うーん。……とりあえずこのココアを飲んで、っと。
ごくごく。
おいしい!
よし、ずーーーーっと気になってたこと、聞こう!
「ジャン。それって、おばあさま?」
「おや」
「結婚はしていないけど、ジャンは、おばあさまのだんなさまでしょ?」
「ラジエル様は聡明にございます」
ジャンは今度は眉毛を片方だけ上げて、顎を引いて首を振った。
「いいえ。私は、あの方に一度もプロポーズしたことはございません」
「あ、そうなんだ……」
大人って、なんか不思議。
「おばあさまのこと、好き?」
「あまり好きではありません」
「じゃあ、どうしてだんなさまになったの?」
「成り行きですな」
「わかんない」
「ほっほっほ。ジャンにもわかりません」
好きな人には、100回断られてもプロポーズして。
おばあさまには、プロポーズをしたことなくて。
そんでジャンは、好きでもないおばあさまと、ずーっと一緒に暮らしてるんだ。
それって、なんで?
ジャンは屈んで、口の横に手を当てた。あ、内緒話のポーズ!僕は耳を近づける。
「ラジエル様。これは内緒ですぞ。アメ殿にもです。……マリアンヌ様は、出会った時から、ずーっと話が噛み合わんのです。破茶滅茶の無茶苦茶です」
……ぷっ!
「あははっ!ジャンもそう思ってたんだ!」
「はい」
「でも、悪い人じゃないんだよね」
「はい」
うん。悪い人じゃないんだ。おばあさまも、おじさまも。ただ、ジャンの言う通り、ずーっと話が噛み合わないんだ。
ジャンって、いつからこのお屋敷にいるのかなあ。もしかして、子どもの頃のおじさまを知ってたりして。
「ジャン、後悔しなかった?好きな人と結婚しなくて良かったの?」
ジャンは、しばらく僕を静かに見つめて、その後ゆっくり首を振った。
「わかりません」
「わからないの?」
「はい」
「どうして?」
「選ばなかった未来を憂いても、今日は変わらないのです」
……そっか。
未来って、選ぶものなんだ。
僕の未来って、なんだろう。
脚を変える。
丈夫になる
賢くなる。
遠くに行く。
でも、きっとどの未来でも、レイチェルをお姫様抱っこすること、ないんだ。
選べない未来なんだ。
ジャンが、好きな人と結婚しなかったみたいに。
ず、ずずっ。
僕はココアを飲み干した。下の方は粉が濃くて少し苦い。
「ジャンの好きな人、結婚した?」
「いいえ」
「どんな人?」
「そうですな」
ジャンは眩しそうに両目を細めた。どこか遠くを見ようとしてる。
「不死鳥のような人でした。4年ほど前、亡くなりましたが」
僕もいつか、こんな目をするようになるんだろうか。

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