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34_At the bar#05

「やあ、レニ」
「カー?どうしてここに?」
バー・カウンターに訪れたのは、40歳くらいの男性。髪色はマットな色調のブラウン。切れ長の目はオレンジ色。身長はリックと同じくらい。ダークネイビーのスーツ姿が渋い。
「レニ。こちらは?」
リックはレニに小声で聞いた。レニがリックに顔を向ける。
「私の派遣元の上司」
「前に電話で話してた人?」
「そうよ」
仕事関係の人か。そうだと思ったけど、なんか安心。
カーはレニの前の席に座った。リックからは、彼の斜め横顔を見下ろす角度。ネクタイを緩める仕草が、映画のワンシーンみたいにサマになっててかっこいい。
「レニ、ホワイト家の仕事は順調か?」
「ええ。子どもは好きなの」
「いい子だそうだね」
「時々、私より頭がいいわ」
「君は感覚派だから」
「Don't think, feel.」
あ、さっきのそれ、早速使ってる。かわいいなあ、とリックはレニをにこにこ見つめた。
「仕事の話をしに来たの?」
「いや、仕事終わりに飲みに来た。バーテンダー。ハイボールをくれ」
「イエス。ボス」
「仕事じゃないと言っているだろう……」
カーがリックに顔を向ける。目を合わせると、第一印象よりも親しみやすい感じがした。
「彼氏か?」
「なんでわかるの?」
「超能力さ」
「もう。話にならないわ」
レニがハイボールを提供。カーは乾杯のジェスチャーをして一口。左の親指で唇を拭い、リックに再び顔を向けた。
「会えると思っていなかったから幸運だ。リック君だろう?」
「僕を知っているんですか?」
カーは右手を差し出した。
「ベンの友人だ。よろしく」
ベンの。リックはカーの右手を握った。
「リックです。ミスター・カー」
「私はデイビス・G・カー。派遣会社Λの代表取締役だ」
「小さいとこよ。社員は3人。奥さんと事務のビリー」
レニがひょこっと2人の間に顔を出した。明るい笑顔で、とてもかわいい。
「少数精鋭さ。カグヤ直轄官営業務のほか、2層の雑務をやっている」
それはすごい。レニが派遣で色々してるのは知っていたが、2層の個人雇用主を多く抱えているからなのか。
レニがピン、と背筋を伸ばした。仕事モードだ。かっこいい。
「ねえ、カー。最近、猫の仕事が増えたわね?」
へえ、とリックは目を瞬く。ホワイト家のバイトを始めてサーチャーは辞めたのだ。平日は専門業者の学生バイトは少ないし、派遣会社にしわ寄せが行っているのだろう、と想像。
カーはグラスをカランと揺らす。一つ一つの仕草が、真似をしたくなるほど渋い。
「A区民はリスト入りのため、3層に仕事を出す。動物探しはポイント稼ぎに手っ取り早い。私はその調整役だ」
なるほど。派遣サーチャーはそういう仕組みなのか。依頼目的が、僕がやってた業者とは根本的に違うんだな。
レニが肩を竦める。カーが来てから幼い仕草を度々感じて、リックはとても微笑ましい。リアルで見たことないけれど、お父さんと娘みたいだ。
「慈善事業ね」
「身体能力の優れた人材発見も兼ねている。レニ、君の経緯もそれだろう?」
なるほど、とリックは合点する。ラジィの言ってた”ジャンのしわざ”はこれか。
「あのスカウトはカーのしわざ?」
レニがラジィと似たことを言うので、リックは口元が思いっきり緩んだ。弟子が師匠に似てくるのか。それとも、師匠が弟子に似てくるのか。どちらにしてもほっこりする。
カーはグラスを口に運んだ。喉仏が上下する。
うーん、渋い。
「ミスター・ジャンから打診があった。私は適切な人員を派遣した。それだけだよ」

「リックくん」

「あ、はい」
完全に観察モードに入っていたので、名前を呼ばれてびっくりした。カーが身体の向きを変えた。カウンターに両肘をつく。リックは1歩近づいた。
「イーストに川を通すんだって?」
ベンから、パーティ後の挨拶回りで聞いたのだろう。火星行きの便はその夜。急いでいたのにありがたい、とリックはベンに感謝した。
「はい」
カーが口角を上げた。顔の前で指を組む。
「さっき、街を見て回った。面白いと思う。とりあえず名刺を送るよ」
「いただきます」
カーが右手のウォッチをこちらにかざす。リックも右手を近づけた。同じ左利きなんだな、と親近感。
「水源装置は使い物になるのかい?」
「理論上は」
「何が足りない?」
「お金と技術者と知名度。僕としては、時間も全然足りないと感じています」
「君の見立てで、何年後?」
「早くて35年」
「ふむ」
レニがこちらを見ているのがわかった。伝えていないことがまだこんなにあったっけ、と申し訳なく思い微笑む。レニは笑い返してくれた。レニはいつもとても優しい。
「川の前に池だな。何にする?」
「洗い場に、と」
「なるほど。理念は理解した」
カーはうん、と一つ頷く。いい感触。オレンジ色の双眸がリックを映す。
「できることはまだないが、その活動に私は興味を持っている。公的事業の請負業にうちは強い。チャンスがあれば連絡したい」
「ありがとうございます。ミスター・カー」
「期待している。3層の衛生問題は深刻だ」
カラン。カーは、ハイボールを美味しそうにごくりと飲んだ。今度はレニに身体を向ける。
「レニ」
「何?」
「彼と結婚するのか?」
「えっ」
レニがリックを見る。くりんとした目がとてもかわいい。
結婚のこと、これから2人で話さなくちゃ。
リックはニコッと微笑んだ。レニはふわっと目を細める。不安にさせていたのかも。きっと僕、色んなことを伝えられていないんだ。
「これからです」
「うん。そうなの」
「まだ話し合っていないのか。無粋なことを聞いたかな?結婚するから、仕事を変えたと思っていた」
「仕事のことは成り行きよ」
「キャサリンは先日結婚したよ」
「えっ!キャシーが?」
「仕事は続けているけどね。助言はしたが、夫も同業だからと」
レニの同僚かな。あだ名で呼んでいるから、友人かもしれない。
「また、仕事で君のところに泊まるだろう。その時のディナーは経費で落とせばいい」
「言われなくても、いつもそうしてるけどね」
カーはハイボールを飲み干した。結露が滴り、カウンターに2滴落ちる。
「派遣社員でも、冠婚葬祭に使える権利が色々ある。挙式、ハネムーン、育児休暇も復帰も全て任せなさい。レニ、うちを辞めるなよ。時が来たら知らせてくれ」
2人で顔を見合わせる。なんかもう、決定事項になっている。いや、もちろん、そのつもりではあるけれど。
こんなに当たり前に、結婚後の仕事の話をするんだなあ、と感動した。いい会社。
レニが胸の前で腕を組む。今にも小言を言いそうな雰囲気。凛々しい横顔に、リックはぽーっと惚れ直した。
「えーと。カーは私のお父さん?」
「私の娘は7歳だ」
「初めて聞いた」
「初めて言った。ごちそうさま。結婚式には祝電を贈る」
カーが再び右手を差し出す。リックは今度は両手で握った。
「カーは、私の何なわけ?」
「職場の上司だ。また飲みに来る」

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