6区イーストW"Candy Bar "
日曜夜18:00。
「レニー!おひさー!」
「エリー。元気してた?」
「見ての通り!そっかあ、ナオミさん、やっぱり行っちゃったんだあ」
「うん」
ナオミの穴埋めの、キャンディ・バーのスポット勤務。とはいうものの、フロアではなくバーテンダー。自前のドレスの出動はこれで4度目。何度も着られて、元が取れた感じで嬉しい。着て行く場所はここしかないし。
エリーがカウンターの椅子に座った。レニと同い年の、ブロンド巻毛の美少女である。今日のドレスは口紅みたいなピンク色。
「駆け落ちまでして、友だちとも家族とも離れて。ナオミさん、そんなに、自分で子どもを産みたいかなあ?」
容姿はお人形(ビスク・ドールと誰かが言ってた)のように可憐だが、口を開くと下町っ子全開の、おきゃんで明るい女の子。思ったことが無修正でそのまま声に出るのだが、それがレニには好ましい。
「ナオミは、前を覚えてるから」
「そっか。上ではふつーのことだもんね」
エリーが少し遠い目をした。頬杖をつき、ブレスレットがシャランと鳴る。
「ねーさんも、だから上に行ったのかなあ。ナオキくんと結婚すると思ってた」
レニは、期限切れスレスレのトマト・ウォーターを2つのグラスに半分こした。一つをエリーの前に差し出す。
「ジェン、元気にしてるよ」
エリーは懐かしい目でグラスを傾けごくごく飲んだ。トマト・フレーバーはあまり出ない。よく在庫が期限切れになる。店主が発注数を変えないので、スタッフの休憩用ドリンクと化している。
「レニはパスがあるもんね。ねーさんによく会う?」
「うん。仕事先からすぐのとこ。ランチを時々一緒に食べるの」
「いいなー。私も上に行ってみたい。生まれてすぐにここだもん」
ふわっと朧に浮かぶ光景。すごく小さなエリーと私と、赤ん坊のあの子達。
「エリー。私の弟、覚えてる?」
エリーはにかっ、と笑った。笑うと口が大きくなって、笑窪が両頬にくっきりできる。
「アルとジョージィだよね。かわいかった」
「うん」
「レニとは落ちた時期近かったし。私にとっても、弟みたいな感じだよ」
「ありがとう」
レニもトマト・ウォーターを飲む。冷たくて心地よい。
バーの店内は穏やかに静か。ジュエレッタのエラが来てから1年以上。客層はかなり変わった。地元の人も今まで通りやってくるが、観光客が大きく増えた。店の治安がいいからだ。
ガラン、とドアベル。エラが顔を向けウインク。タイミングも首の角度もナオミそっくり。
「そういえば、レニ、彼氏できたんでしょ?」
エリーが目をきらんと光らせて聞いた。レニは頷く。
「ええ」
「どんな人?年上?年下?」
「1歳下」
「かっこいい?」
「うん」
「優しい?」
「とっても」
「初デートは?」
「イーストIのカフェよ。私の家の近く」
「わー!いい人!」
エリーはパンッと手を叩く。客数人がこっちを見た。エリーは投げキッスをして、ひらひらっと両手を振った。
「上の人なんでしょ?結婚するの?」
「うーん。……まだ、わからないわ」
「あ、まだしてないの?」
「うん」
「付き合ってどれくらい?」
「半年くらいかな」
「大事にされてるんだあ。いいなー」
エリーがうらやましー、とぼやく。レニは微笑み、カウンターの水滴を拭いた。
「ケンも、エリーに優しいでしょう?」
「そーだけど、あいつスケベなんだもん。私は眠いって言ってるのにー」
2人は一緒に暮らして1年以上。そういうことも、日常的にするんだよね。
「それ、エリーは嫌なの?」
「あははっ!嫌なわけないじゃん!でも、次の日、仕事があるからさー。弁当作らなきゃだし」
リックはそういうの、どうなんだろう。それ以前に、私はそれって、好きかな?どうもイメージできないわ。
「体力オバケ。ま、男らしくていいけどね」
「へえ。そういうものなのね」
エリー、口で言うより幸せそう。そこも含めて好きなのね。
「エリーは、ケンと結婚するの?」
エリーはうん、と頷いた。
「それしかなくない?あいつのこと好きだし。子どもをもらって育てるのなら、ケンとがいい」
「いつとか、考えてる?」
「来年とかかなー。オッチャンとこのちびが5歳になる。家族になるのは、早い方がいいからね」
「そうだよね」
6区における結婚は、正確な言葉を選ぶと事実婚になる。名前がないから入籍できない。マザーに夫婦として登録されないから、出産許可は決して下りない。
生活圏の住人を招いて結婚式をして、相談役が何人かつく。子どもがほしい夫婦は、6区移送後一時的に各家庭に保護されている年少者を、家族として引き取る。
バーチャンの家は、イーストの行き場のない子どもを保護する、行政からも認められた保護施設だったのだ。
エリーがグラスを爪でカランと弾いた。赤い爪は、短くて生活感がある。
「レニは、名前もらって入籍して、上に行って子どもを産むの?」
レニは少し目を伏せた。視線がゆっくりカウンターの木目を辿る。
「わからない。名前や出産のことは、彼とまだ、ちゃんと話していないから」
「ふーん、そっか。彼がこっちに住んだりは?」
レニは左右に首を振る。上層の人が6区に住むというのは聞いたことがない。遊びでなければ、階層違いの女とわざわざ付き合ったりしない。ナオミはかなりの特殊ケース。6区の女がA市民と結婚して、火星に行って子どもを産む。そんなストーリー、昔話としても残ってない。
ベンはナオミのことが好きだから、ムーンバレーA市民としての暮らしも権利も未来も手放して、2人で火星に行ったんだよね。
家族になるために。
「彼、セントラルの学生なのよ」
「すっご!!超エリート!!」
エリーがバン、と机を叩いて立ち上がる。客の半分がこちらを向いた。エリーはセクシーポーズでくるりと回り、脚を振り上げ、バレエみたいなお辞儀をした。客から拍手が沸き起こる。
「そんな人と、一体どうして出会ったの?」
エリーがずいっとカウンターに身を乗り出した。目がらんらん。レニは髪を指にくるくるっと巻きつける。
「駅のナンパよ」
「え!?レニから!?」
「彼から」
エリーが頭を45度傾けた。首の筋肉が柔らかい。
「んんん???自分からナンパしたのに、半年経っても手を出さないの?」
「うん。すぐに赤くなっちゃうの」
「えー。じれったくない?」
エリーはそうよね、とレニは微笑む。胸に垂れた髪をレニは背中に流す。
「そこがいいのよ。キスはしたの」
「あ、ちょっと安心。お泊まりは?」
「彼は学生でしょ?私は働いているから、それを気にしているのかも」
「じゃ、卒業までなし?結婚ができるとしてもずーっと先?レニ、それまで彼と、離れて暮らすの?」
「そうかもね。今と同じ」
ふーん、とエリーは両肘をつき、くっつけた手首の上の手のひらに華奢な顎をこくんと乗せた。
「レニは、それでも彼と付き合うんだ?」
「うん」
「彼はちゃんと考えてるかな?」
レニはふわっと頷いた。腕を組む。素肌の肘を指で擦った。古傷が、ここにもあったか。あ、ここも。
「そうじゃなければ、もっと早くお泊まりしてるわ。好みの女の子と楽しく付き合いたいってだけなら」
傷をどう思う?ってリックに聞いたら、どうもしないよ、って言うんだろうな。
エリーがにかーっと笑った。エリーの笑顔はあったかくてほっとする。
「そりゃそっかー。いい人だね」
「うん。一緒にいるだけで幸せなの」
「彼とどんな話をするの?」
「動物とか、歌とか、本とか。地球のことも話すかな?でも、話していない時間が長いわ」
「ロマンチックでいいなー。歌といえば、レニ、さっき鼻歌してたねー」
「そうだった?」
「なんて曲?」
「えーと。……ラ・ラ・ルー」
「レニ、歌うくらい幸せなんだ」
「ふふっ。そうかも」


