34.5_ Sidekicks
「ピッポ。今日って抜き打ち考査?」
「え!知らん、どこ情報?」
「男子の悲壮感がすごい」
12:20の学生食堂。席はほぼ満席。リックは、スタンディング・エリアのピッポの丸テーブルにトレイを置いた。
今日のランチはヤキソバ。ピッポはオコノミヤキ。なんかのフェアで3割引。半数以上の学生のトレイはフェアメニュー。学食はソースの香りが充満している。
ピッポがオコノミヤキを解体していたフォークの先を顔の近くでくるっと回した。
「ああ。あれはあれだよ」
「あれはあれって?」
ピッポが、左手を口の横でメガホンみたいに広げた。声は擦過音でとても小さい。
「昨日、ライカがチンピラ男とデートしてたぞ〜!って」
「ああ、なんだ」
ず、ずずっ。
もぐもぐもぐ。
「それ、夜?」
「いや、朝から夕方」
「そ」
ピッポがフォークの手を止めた。背中を丸め、顔が少し近づいた。ショウガの匂いがツーンとする。
「リック、なんか知ってるっぽいな?」
「ナオキに昨日、バーのスポット頼まれたんだ。ライカとデートだったんだね」
「ほー、そんで寝不足?でっけークマ」
「レニに会えたし、楽しかったよ」
「はいはい、惚気はいいっつーの」
ずずっ。
もぐもぐ。
「あの2人、そうなの?」
「おう。ライカの方から告白したって」
「ああ、わかった」
「何が?」
「昨日、ちょっと聞いた」
「え?誰から?」
「友達」
ピッポが正方形に切り分けたオコノミヤキをフォークで刺し、口に運ぶ途中で止めた。
「実は俺、土曜の夜にナオキさんから電話で相談されたんだ」
「なんて?」
「『ライカはいいとこのお嬢さんだろ、おれなんかと出歩いて大丈夫か』って」
「ナオキらしいね」
土曜の夜なら自分も話した。悪戯っぽくレニのドレスの話をしてたが、その前にピッポと、そういう話をしてたんだ。
ライカの失恋のことをナオキは知っているから、僕には知らせなかったんだ。思うところがないわけないと思うのだけれど、その上で、これまでと何も変わらず友達でいてくれる。
すごいなあ。1歳しか違わないのに、大人だな、って感じる。
「そんで聞いたら、タワーのシネマ行くってことだ。セントラル・タワーで一緒にいて変な噂が立ったとしたら、それはただの言いがかりっすよ、って答えた」
「その通りだね」
「ガッコでなんかあったら、俺からナオキさんに伝えるって言った」
「ピッポ、いいやつ」
「別に、普通じゃね?」
ピッポがぱく、とオコノミヤキを頬張った。もぐもぐ。ごくん。水を飲む。
「で、目撃者CアンドDの話によるとだな……」
「ん?前と登場人物違う?」
「おう。今度の目撃者は女子だ」
リックはピタ、とハシを止めた。
「それ、……少し気になるな」
ピッポがフォークの先を上に向けてくるくる回した。
「純粋なライカファンだよ。イメチェンしたじゃん?ボーイッシュでサイケデリックなファッションがさ、男子はもちろん女子ウケ抜群」
「そうなんだ」
「知らんの?ライカは元々、女子にも人気あるんだよ。一般誌の寄稿、読みやすくておもしれーもん」
へえ、そうなんだ。リックは、ライカの書き物を学術論文しか知らない。思考の飛躍と根拠の確かさ、整然と組み立てられた論理の塔。圧倒された記憶しかなく、ライカといえばそのイメージが強かった。
一般誌には、どの層にどんなものを掲載しているのかな、と今更ながら興味を持った。
「セントラル駅で待ち合わせて、タワーで映画見て、フードエリアのファミレスでランチ。本屋と雑貨屋ぐるっとやって、駅のパスゲート前でさよなら。スキンシップはゼロ。ちゃんと明るい時間」
「ナオキ、やるじゃん」
「ちなみにメニューはオムライスとハヤシカレー。ドリンクバー。ライカはデザートのティラミス付き」
「人の食べるものをよく見てるね」
「エスコートはさりげなくて自然体。非の打ち所がない紳士的なデート、しかも働いてるとか大人、派手シャツファッションが邦画俳優みたいにサマになってて超イケてる!ライカ様をよろしくね!ってことで、女子は絶賛応援中。前の件も保護だった、ってみんな分かって、男子はもはや打つ手なし」
「へえ。なんか安心した」
リックは残りのヤキソバをずずっとすする。……これすごく美味しいけど、レニといる時はちょっと食べられないかな。
ピッポの眉毛をひょこっ、と動いた。
「お前ナオキさんの何?師匠?」
「まさか。親友」
「俺は?」
「親友。今更なに?」
「へへっ」
おおー。ざわざわざわ。
学食の入り口がどよめいた。ライカだ。今日は赤い髪をサイドで1つに結んでいる。
数字がでかでかと黒く印字されたロボットアニメの半袖Tシャツ。色はビビッドなイエロー。ストレートジーンズと、ショッキング・ピンクのスニーカーを合わせている。
ウォッチに重ねて、なんかのロゴのブレスレットをつけていた。同じアニメの公式グッズかもしれない。
派手も派手。ド派手である。浮いてはいないが、彩度が高く大いに目を引く。
ライカは食券機でポチッとボタンを押した。なぜか周囲がまたどよめく。
人が食べるものを選ぶのに、そんなに注目しなくても、とリックは水を飲む。ライカは気にした風もなく、マイペースにレーンに並んだ。
「恋をすると、女の子はキレイになるってほんとだなー」
ピッポが肘をつきぽーっと呟く。
「ライカ、雰囲気明るいね」
「なー。かわいいよなー。今のファッション、タイプだわー」
ん?あ、目がなんかとろーんとしてる。
へえ、そうなんだ。
「ピッポどうするの?」
「何が?」
「ナオキと決闘?」
ピッポがぱちぱち、と瞬いた。オコノミヤキの最後の1つを口に運ぶ。
もぐもぐ。ごくん。
「……リックお前、最近やたらと血の気が多くね?謹慎食らって反省したの忘れたか? 」
「ははっ、何年前のこと?それ」
「忘れもしねー。5年前だ」
「よく覚えてるね」
「で、なんで決闘?」
「いや、ライカのことが好きならさ。こういうのは拳で白黒つけた方が、お互いのためだと思って」
「……リック、こんな脳筋野郎だったっけ?決闘はしないぞ。俺は守備範囲外だってことで、ライカにバッチシ振られてるから」
「そうなの?知らなかった」
いつの間に。
ピッポが、ほら、パーティの時、と切り出す。
「こないだ、リックら買い出し行ってた時さ。ジェンさんと3人で、ライカの恋バナしてたんだよ」
レニとナオキと、コンビニの仕出しを運んだ時か。そういや、ライカの話を僕らもしたっけ。
「ジェン、なんて?」
「よーわからんけど、ジェンさん2人を応援してた」
「へえ。そうなんだ」
不思議な関係だと思ったけれど、3年一緒に暮らしたって、そういうことなのかもしれない。
2人で乗り越えてきた暮らしがある。好きとか、別れるとか、付き合うとか、そういう次元の関係性じゃないんだろう。
「聞いた時は、ちょっとびっくりしたけど。ライカ幸せそうだなー」
リックはライカを目で探した。窓際の席の後ろ姿が遠くに見える。ナイフとフォークで、何かを切り分けている。オコノミヤキかもしれない。
なんとなく、にこにこしている気がした。
「相手はナオキだし」
「そーだよなー」
「2人で、どんな話をするんだろうね」
「さあ。逆に何も話さんかもよ。好きな空間一緒にいるのが楽しいんじゃね?オタクってそうじゃん」
「そうかもね」
ピッポがずいっ、と身を乗り出した。口元がにやついている。
「そんで、お前の職場デートはどーだったんだよー。レニさんドレス?ギャルソン?どっちもかっこいいなー」
そう。それなんだよなあ。
「……………………」
「お?なんかあった?」
「………………うん」
「え、なんかあった?まさか……」
ピッポの表情がみるみる曇る。あ、勘違いしてそう。言わなきゃ。
リックはごくんと唾を飲む。口を開く。
「レニが、うちに泊まるんだ」
ガタガタッ!
円テーブルが傾いて、トレイが若干左右にズレた。
「うお!?ついにかー!」
「……うん」
「暗っ!え?なんか思い詰めてる?」
「初めてだし……」
「なんだ。……いや、逆に考えろ」
顔を上げてピッポを見る。キメ顔だ。なんかいいこと言いそう。
ピッポは、机の上で腕を組み、リックの瞳をじいっと見た。久しぶりに目なんか見る。僕より視力の低い藍色。
ピッポが、人差し指をピン、と立てた。
「レニさんが、初めての相手で良かったろ?」
……確かに。それは絶対そう。
「ピッポ、すごい。師匠」
「ピッポ様と呼べ」
「それはしない」
「くそー。ま、マンガの受け売り。説得力はペラペラだ」
ピッポがトレイを持ち上げた。リックは時刻を確認する。次の講義は5分後だ。
「俺も経験ないからさー。ナオキさんに相談すれば?」
「うん。そうする」
学食の出口に向かう。今日はやけに視界が広い。そういやコンタクトだった。


