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28_たったひとつの冴えたやりかた#03

「いや入れ過ぎじゃね?」
設備の半分ほどが未電子化の喫茶店。窓際のソファー席で向かいに座るライカのカップにギョッとして、ナオキは思わずツッコミを入れた。
「ほえ? 何がですか?」
ライカが選んだのはホット・ココア。ナオキは氷の入ったブラック・コーヒー。今日のウェザーは暑くはないが寒くもない。
3層は乾燥していて埃っぽい。ナオキはウィンターウェザーでも、よっぽど寒くない限り、ホットは飲まない人間だ。そしてコーラを除き、飲料水で砂糖を摂取する習慣はない。水分補給はノンシュガーの水かお茶かコーヒーである。
「シュガー。よく見てなかったけど、3つは入れてたよな?」
ライカは銀のスプーンをぐるぐる回し、砂糖の粒子を撹拌する。長い袖の端が濡れないか気になる。
「角砂糖のことですか? 白3個、茶色5個です」
「はっ、8個ぉ!? ライカちゃん、いくらなんでも甘党すぎない? 身体壊すよ」
甘ったるいホットのココアに、さらに8個の角砂糖を溶かし込んで飲むなんて、ナオキとしてはカルチャーショック手前である。
「ワタシ燃費がいいので、このくらいがいいんです」
ライカはくぴ、とココアを味わった。にぱっと笑い、もう一口。
ナオキはアイスコーヒーのグラスを持ち上げ、縁に口をつけて飲む。ちゃんと苦くてほっとした。
ま、他人の食い方をとやかく言うもんでもないか。
「それにしても、あの二人。何話してんのかなー」
ライカが窓に顔を近づけた。横顔の鼻先がガラスにくっつきそう。
「あまりこう、イチャイチャらぶらぶしているようにはお見受けしませんね」
淡々とした声音。表情も落ち着いている。
「そーだよなー。なんつーか、商談の席みたいな顔面距離だ。デートだよな? 手くらい握れよー」
「全くです」
お、意外とクール。ナオキは、初対面の賑やかさや、先ほどの砂糖過剰投入で抱いたライカへの印象を改めた。
喋り方は変わってるけど、話はちゃんと通じそう。
よし。本題。
「ライカちゃんって、リックの元カノ?」
ガタガタガタガタッ!!
ライカは机の縁とソファーに身体を思いっきりぶつけつつ、凄まじい勢いで立ち上がった。
「もっ!? もももも、もと……かの!? それは、ナオキさん、つまり……、ワタシがリックくんと、かつて、お、おおおお付き合いをしていたかとお聞きしていますか!?」
「あの、大体わかった。落ち着いて」
ナオキはまあまあ、と右手を小さく前後に動かす。衝撃で倒れたラミネート加工のメニューを直し、テーブルに散らかった角砂糖を拾い集めた。
「今ので何がわかるんですか!?」
「ライカちゃんが100パー元カノではないってことと、なんかすげー面白いってこと」
ライカのアニメキャラクターのように大きな瞳がまんまるになる。高速演算モード、って感じ。
「100パー……。100 percent?」
「なんでちょっと発音良くした?」
「モトカノではない……ううっ! 厳然たる事実ですがカナシイ……」
ライカはすとんと椅子に崩れ落ち、机に突っ伏し肩を振るわせヨヨヨ、と泣いた。
「いや、そんな落ち込まんでも。砂糖いる?」
「オカマイナク……砂糖は既に適量です……」
「どう見ても適量は過ぎてっけど」
「ではナゼ勧めるんですか!?」
「いや、なんとなくノリで」
ライカはううっ、と長い袖で両目を擦り、ココアをクピクピ飲み込んだ。
ナオキは、ライカのファッションを観察する。カーディガンとキュロット・スカート。いわゆるお嬢さんルックで、清潔で上質。ヘアスタイルは大人しめ。まったく世間擦れしていない所作と、駆け引きゼロの受け答え。
ナオキは大体の事情を察した。
リックの後輩か同級生だな。しかも、それほど親しくしているわけでもない。顔と名前を知ってるくらいの間柄か?
片思い中の先輩に彼女ができたって聞いて、夢中で追いかけてきたってところかな。無防備にも6区に一人で。
「あいつモテるんだなー。そりゃそうか」
誠実で優しくて、はにかみ屋ですげー純情。控えめだけど、意志が強くていざって時に男らしい。
何より、あのレニがスカート履くほどゾッコンなんだ。他の女の子がリックをほっとくわけないや。
二枚のウィンドウを挟んで眺める向こうの店内。レニとリックの横顔が見える。表情は和んでいて楽しげだ。
ムードはゼロだがいい雰囲気だな、とナオキはなんだか安心した。
「ナオキさんは、レニさんと親しいのですか?」
その様子を眺めたまま、ライカがポツリとナオキに聞いた。
「3歳からの幼馴染だよ」
ガラスに映ったライカの頬がリンゴのように赤くなる。ごくん、と唾を飲み込む音。
ライカは高い声でこう聞いた。
「ええと、じゃあ、……ナオキさんは、レニさんの……も、も……元カレ、ということですか?」
「ぶっ‼︎ モ、モトカレ!?」
ガタタッ! びっくりして、思わず腰を浮かせてしまった。口の端に垂れたコーヒーを手の甲で拭う。ついでに机も。
「どーしてそーなる⁉︎ ……あ、ゴメンゴメンびっくりしただけで怒ってないべつに……。えーと、……レニとはさ、そういうのはない。家族みたいなもんだよ本気で」
ナオキの超オーバーリアクションにライカは動じた風もなく、人差し指を顎につけ、こてんと首を右に傾げた。
「うーん……。しかし、美男美女で、とてもお似合いに見えます」
ナオキはストリートの向こうの店のレニを見た。美男美女? お似合い?
まじで全然ピンとこない。
「そーかぁ?」
「クール系の金髪美女と、南国雰囲気の和風美男子。並ぶと非常に絵になります」
ナオキはグラスを口に運ぶ。氷を一つガリガリ噛んだ。
うーん……。
そーゆーの、まじで考えたことないな……。なんでだろ?
「ほら、タイプじゃないし。お互いにさ」
うん。そう。小さい頃はいつも二人でつるんでて、背が同じだから、同じ服を一緒に着てた。
……今考えると結構ひどい。着るもんすぐに駄目になるから、しょーがなかったんだけど。
「たいぷ?」
「レニは静かな女だからさ。一緒にいて落ち着くし楽だけど、それって恋じゃないんだわ」
あいつおれよりむちゃくちゃ強くて、やべーところ、何度助けてもらったか。女子にすげえモテてたし。家族同然で大事なやつだが、女の子として好きになった瞬間は、多分一度たりともなかった。
「レニは静かな女、ですか」
ライカはキョトンとナオキを見つめ、次に窓の向こうを見つめた。
「ワタシとは正反対ですね」
レニか、リックか、どちらを見ているのだろうか。両方かもしれない。
「ライカちゃん、リックが好きなの?」
ライカはこくんと頷いた。
「はい。彼の研究理念は尊敬に値します。そして、ふとした時間に人柄や容姿、その他諸々のパーソナルを考えてしまう。その時の心拍、頬の火照り、時間感覚の欠如などを踏まえ、ワタシは彼に好意を寄せている、と判断しました」
照れも動揺もない。わかりきった事実を第三者に伝えているだけ、といった感じだ。
何度も一人で考えて、自分の気持ちに向き合って、長い時間をかけて石碑のように胸に刻んだ言葉だろう。
「そっかぁ……」
切ないな、とナオキは思った。
「ナオキさん?」
「ちなみに聞くけど、レニのことはどう思う?」
この子、何年リックのことが好きだったのかな、と想像する。この際、恨みごとを聞いてもいい。
ライカはくしゃりと微笑んだ。今日見た顔でダントツ一番のチャーミングな表情。彼女は胸に両手を重ねる。
「レニさんは、ワタシの無知を助けてくれました。街を歩くことが、場所によっては安全ではない、とは考えの及ばないところでした」
……なんか、めっちゃいい子だな。ナオキはライカの純粋そうな瞳を見つめる。か弱く見えても、その頭脳はセントラルの超エリート。
おれたちみたいに、今日だけ生きてる人間じゃない。人類の文明を切り開く女の子なのだ。
この子は、何を研究しているんだろう。
どこまで遠くを見つめてるんだろうか。
「今日もまた、ナオキさんに教えてもらいました」
ありがとうございます、とライカが深々とお辞儀をしたので、ナオキは慌てて背筋を伸ばした。
「僕、何か言ったっけ?」
ライカはバッグから、楕円のケースを取り出した。イチゴ色で、開閉部分に白と青のラインが細くデザインされている。
「メガネを仕舞った方がいい。なるほど、メガネをかけている人は一人もいません。変装のつもりが逆に目立っていた。これもまた、新しい知見です」
開いたケースに、銀縁メガネが収まっている。ナオキは、あっ! と声を上げた。両手をバチンと合わせて頭を下げる。
「ライカちゃん。ここはひとつ。折り入って頼みが」
「ハイ。なんでしょうか?」
「そのダテメガネ、ちょっとでいいから見せてくれない? おれ、メガネマニアなんだ」
ライカはにこっと笑い、メガネケースをくるっと回した。
「そんなことならお安いご用です。どうぞ」
ナオキは左右のヨロイに両手の指を慎重に添え、そーっとメガネを取り出した。チタン製。オーバルは真円。テンプルのカーブが美しい。
「ほー、軽いなーこれ。クリングスの細工が細けぇー……。ライカちゃんありがとうマジで! ココアおかわりする? 他のもんでもいいよ、奢る!」
ライカはメニュー表をパカッと開き、にんまり笑った。
「チョコレート・パフェを所望します」
「いいよいいよなんでもどうぞ……って1600ルカ⁉︎ たけー……。でも、どうぞ! マスタ‼︎ チョコパフェー‼︎」
「あいよー!」
「すげーな! 度がない‼︎ ホンモノのダテだー」
「ナオキお前、いい加減うるせえぞ!」
「いや、オヤジこれすげーんだって!」
「マスターって呼べ!」
「いやはや。なんとも賑やかなカフェです」

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