リックとピッポは連れ立って帰って行った。歩幅が違うのに、全く同じ速度で何も喋らずさっさと歩いて行ったのを見て、レニは心がとても和んだ。
「すごいね、あの子達。感動しちゃった」
「うん」
アイスクリーム屋には、時々客が訪れる。1人の客も、グループも、カップルも、家族も、笑顔でアイスを買っていく。レニは時々、ジェンの隣でカップやコーンを用意した。
「あたし、本が好きでね」
ジェンが、作業台をダスターで拭きながら言った。
「知ってる。ナオキといつも一緒に読んでた」
レニは消毒用のアルコールを手渡す。バーチャンの家の光景が、跳ね上げ扉の向こう側にふわっと浮かんだ。
あの頃、みんな一緒で、楽しかったな。
ジェンがウォーターのボトルをくれた。プシュ、と開けてごくごく飲む。トマトの酸味がエネルギッシュで心地よい。
ジェンも隣でボトルを開けた。
今は、好きなところで冷えた飲み物を飲めるようになった。ぬるいコーラはすごくまずい。それでも、みんなのご馳走だった。
「あたしたち、空想は好きだった。……でも、考えたことないわ」
パラソルが3つ。ラピがローラースケートでそれらの間を通過する。
「未来を変える、ってことを」
ラピちゃーん!とお客さんが名前を呼ぶ。ラピはニッコリ笑って、大きく手を振る。
「働く場所や住む場所が変わっても、今しか見えてなかったわ。セントラルの学生って、すごいね」
レニは、スプリング・ライトの中で笑う人たちを眺める。そうなんだ。光があるのも、決して当たり前じゃないんだ。
「うん。すごい人たち」
「頭の中にあるのは、今日のご飯や明日の仕事のことじゃない。何年も、何十年も、何百年も何光年も先なのね」
レニは、ボトルの水を飲み干した。力を込めると、プラスチックがべコンと凹んだ。
「クリスマスにね。……リックに、私、昔の仕事を話したの」
ジェンが静かな気配になる。自分のボトルをコト、と置いた。
「そうなんだ。ポンプは立派な仕事だよ」
レニは左手首を見る。黒いウォッチ。生まれた時からつけている。
「ウォッチは、そうやって言うけどね。理由はどうあれ、人を殺す仕事なのよ」
月の市民は、ウォッチを通して全てをマザー・カグヤに管理される。生まれたことも、生きてることも、名前もゲートも死ぬことすらも。
コンピュータが、ゆるやかに人を間引きする。人間が増えすぎないように。生まれた分とのさ同じ数だけまた殺す。
その執行人が「ポンプ」というマーダラー。
食えない。
住めない。
奪われる。
それが6区。
金のため。
生きるため。
自分が間引きされないため。
ポンプは殺す。コンピュータの意のままに。
そういう世界で生きてきた。
「……彼、なんて?」
ジェンが聞いた。レニはゆるゆる首を振る。
「驚かなかった」
「そっか」
「色んな可能性は、彼なりに考えていたのかも。ボディーガードをしてるって話したから」
初めてのデートの時。
……客?
あの時の彼の、青褪めた顔が忘れられない。色んな可能性が頭を巡ったはず。ポッティ?トリル?初デートする女の子がもしそうだったなら、2層の人にはショックだろう。
でも、ポンプも同じ。言われるがまま、仕事だからと自分を騙す。
本当は、そんなのやりたくない。生きるためでないのなら。
「レニは自分のことを話した。……リックくんは、レニに何を話したの?」
あの夜。私は同じ場所にいた。
モリーと出会う前の私。ビルの屋上で、ムーンバレーの夜景を眺め、私は胸に手を当てた。
鼓動。
武器。
理論武装。
そんなものだけ握りしめ、ワイヤー1つで飛び降りた。
あの時に、聞こえた気がした風の音。
ーー誰もが自由に生まれて死ねるようになれば。
風が吹く。シグナルのスコアを色に乗せ。
「……リックは私に、世界の仕組みと未来の話をしてくれた」
ーー月に川を。
「リックは、川を作るのよ」
「川?川って、水がたくさん地面を流れる、地球のあの川?」
「そう」
レニは凹んで小さくなったボトルを逆さに向けた。ぽた、ぽた。二つの雫が手のひらを濡らす。
これは水。月ではこれが、私たちの命を縛る。
「水がたくさんあれば、人は自由に生まれて自由に死ねるって。社会の仕組みが変わるって、リックは私に教えてくれた」
ーー今の仕事は?
ーーちゃんと笑える。水も美味しい。
ーーそう。良かった。
「間引きなんかしなくていい。そんな未来があるんだって、そう思って私は泣いた」
ーー多分。レニのことはずっと好きだよ。
「キスしたわ。幸福だった。怖いくらいに」


