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「レニー!ヤッホー!」

「ジェン。調子どう?」

「モチロン!絶好調よ」

2層Bエリア公園。J&L Ice cream Shopと車体にプリントされたパステルピンクのキッチンカーに、レニたち一行は駆け寄った。

青と白のビーチパラソル3つ。テーブル席がセットされている。客はいない。いつも午後が盛況なのだ。

乗り降り口からジェンが出てきた。ライムグリーンのTシャツとジーンズ。ロゴの入ったトロピカル・カラーのエプロン姿。全員ジーパン。今日の服、これにしてきて良かったわ、とレニは胸を撫で下ろした。

人間4人の中で一番の長身。ジェンの後ろにで、ラピスラズリ・ガールのラピがにこにこしている。いつものローラースケート・スタイルで、ジェンの次に背が高い。

レニは腕を広げ、男子2人をジェンに示した。

「リックとピッポよ。リック、ピッポ。私の友達のジェニファー」

「ハーイ、よろしく。ジェンって呼んで。ジェニーでもいいよ」

ジェンがバッチン!とウインクし、ピッポがうおっ!!と呻き声を上げてよろめいた。

「リックです。よろしく、ジェン」

「わーやっと会えた!噂通り?噂以上?ネコ科男子かっこいいねー」

「ピ、ピピピピピッポ、です……!」

「あはっ、ピッポくんよろしく〜!若い!いいなー、学生さんって新鮮」

ピッポが両手を両目の前にバッとかざした。

「おおお……!!ま、眩しい……2人目の女神がここに……」

キッチンカーの軒先は日陰である。

「リック、女神って?」

「ピッポはサブカル好きなんだ。ギリシャか北欧あたりの神話の女神じゃないかな」

「ふーん?」

「そんで、こちらウエイターのラピちゃん!2人でお店やってるのよー」

ジェンがラピの両肩を抱いた。髪はブルネットと青紫、肌は小麦色と水晶、パワフル系と清楚系。カレーライスと冷やしそうめんくらい、視覚的な対照度が非常に高いツーショット。

「3人目の女神が……!?ぐおおおおおっ!」

ピッポがついに膝をついた。リックは中腰になって彼の顔を覗き込む。

「ピッポ?コンタクトずれた?」

ジーザス、と天を仰ぐポーズ。

「美女の過剰摂取で目が潰れる……。用法用量をお守りください……」

「えーと、なんの過剰摂取?」

リックの返答に、ジェンがやんやと手を叩いた。

「あははははっ!2人ともおっもしろいねー!もー涙出てきた」

「あっ、ラピも泣いてるわ。笑いすぎで」

「君たちそっくり。姉妹みたい」

「でしょ?あたしたち家族だもーん」

ジェンがくるりと背を向けて、キッチンカーに乗り込んだ。ブルネットのポニーテールが左右に触れる。レニはちらっとリックを見た。ピッポが立つのに手を貸している。

ふーん。そっか。今日の髪型、サイドテールで良かったかも。

「ハイハイ!アイスクリームどう?フレーバーはいかがしますかな?」

ジェンが手を叩き、3人は販売口に集まった。冷凍庫のガラス扉に、色とりどりのアイスクリームが12種類。冷気が漂い心地よい。

「私、オレンジ」

「僕はキウイ。ピッポは?」

「もう何が何やら……なんでも食べます……」

「じゃあ、ジェンのオススメね。今日は何?」

「バニラよ!」

「いつもそれ。在庫処分?」

「いいでしょ?サービスするから。ピッポくん、雪だるま作ってあげる」

ピッポが両手で顔を覆った。

「うぉぉぉ……。輝く笑顔で灰になる……!召される……!」

庇の下の照度はかなり低い。ジェンが再びケラケラ笑い、レニはふふっと肩をすくめた。差し出されたオレンジ・シャーベットを受け取る。

「付き合い長いけど、ピッポがこんなに面白いとは知らなかったなあ」

リックがキウイ・シャーベットと、ついでにバニラも受け取った。ラピの先導で、パラソルの下へ移動する。



「リックくん、ナオキとつるんでるんだって?どんな話するの?」

「本とかバイク。あと土木」

「へーっ!ナオキが1番好きな話じゃん。あのオタクトークについてきてくれる人がいるんだねえ」

「私はいつも半分もわからないわ」

「専門用語のオンパレードなのよねー」

ジェンはウォーター・ボトルを片手に肩を竦めた。フレーバーはトマト味。ジェンのお気に入りである。

「ピッポくんは、何を勉強してるの?」

「おれ……ぼ、ぼくですか!?光工学を少し」

リックが机に両肘をついて身を乗り出した。なんか大事な話だな、と察し、レニはくっと顎を引く。

「少しなんてもんじゃない。ピッポもそこそこ天才なんだ」

「そこそこってなんだよー」

「光工学って、レーザーとか?」

前の仕事で、セキュリティに張り巡らされていたレーザー光線をレニは思い出した。あれは中々厄介で、髪が少し焦げたのだった。

ピッポがピン!と背筋を伸ばした。2段バニラのアイスクリームは完食している。

「ハイッ、レニさん!おっしゃる通り、レーザーやLED、光通信、センサーなど。光工学とは、光の発生、制御、検出、利用等に関する物理現象と、技術を扱う学問分野なのです」

リックを見ると、レニに軽く頷いた。

「ピッポはトムソン散乱を基礎にした、ワープ航法中の光通信を研究しているんだよ」

「ワープ航法?」

「ワープ・バブルを発生させて、すごーく遠くに移動するんでしょう?」

ジェンの言葉に、ピッポがうおおっ、と立ち上がった。椅子がガタッと音を立てて少しずれる。

「ジェンさん、お美しい上に博識でいらっしゃる……!そうです、お……ぼくはワープ・バブルを通過中に、光を交信できれば、と」

「ワープ・バブルの通過は時間がかかるもの?」

レニが聞くと、ピッポとリックは全く同じ速度と角度で頷いた。

「うん。民間では一瞬で通過するイメージがあるけれど、現実的には数分から数十年」

「その間、この宇宙から船体は消え、全ての通信が完全に遮断されます」

アイスクリームが無くなった。いつの間にかリックも食べ終わっていて、私が一番遅かったみたい。

アイスクリームを食べながら知らない宇宙の話をしてる。時間が伸びたり、縮んだりしているみたい。

「そういう仕組みなの?知らなかったわ」

今、自分がどこにいるのか曖昧になる。とても不思議な時間だわ。

「あんなに近い火星でも、3分間の空白時間が存在するんだ」

「へえ」

ジェンが身を乗り出した。

「ピッポくんは、なぜそれを?立ち入ったことならスルーしてね」

昔から、ジェンはこの手の話が好きなのだ。どちらかといえばオカルト好きだが、SFももちろん守備範囲。

「いいえ、ジェンさん。それどころか、お聞きいただき感謝の念に耐えません」

リックが、レニとジェンにウインクをした。ぱちん、と爽やか。なんかびっくり。顎でクイッとピッポを示す。

「聞いてあげて。こういう話は、学生同士はやりづらいんだ」

ピッポがうんうん頷いた。

「ほんとになー。俺、リック以外に初めて話すかもしれん」

「そうなのね」

「聞きたいわ」

ピッポは斜めになった椅子を戻して、机の上で指を組んだ。さっきまでの陽気さは消えて、夜色の瞳が深く一点を見つめる。

「おれ……、こほん。……ぼくは、プロキシマへの移送船に、光を届けたいのです」

パラソルの影の円形に、重い感じの沈黙が降りる。しゃら、とラピの髪が靡く音がした。


プロキシマ・ケンタウリ。


ケンタウルス座α星内で、太陽に最も近い赤色矮星。月からの距離は4.24光年。

ハビタブルゾーンの存在が観測されており、惑星群へ人類の到達が望まれている。


光の速さで4.24年。

スイング・バイで約2万8000年。


「ワープ期間は150年。コールド・スリープは搭載されていない。完全に孤独な旅路です」


レニは目を瞑る。想像してみる。


「宇宙から消え、声も光もそこには届かない。ただ死ぬまでの時間を、音のない暗闇で過ごさなければいけない」


光がなく。

音がなく。

着くことも帰ることもできない船の中、ただ息をして食べて寝る。

同じ運命の人々と。


「プロキシマは流刑星だ」


ピッポの声は低く静かだ。目を閉じていると、耳の奥で反響する。


ダイヤモンドに、火をつけた男がいた。


「流刑はすなわち極刑だ」


そのダイヤモンドは、数えきれない人々の遺骨。


「コールドスリープを排除して、型落ちのスペースシップにスシズメにして、150年ワープ・バブルに閉じ込めて」


燃えたのは、ダイヤモンドと生きた人間51人。


「死んだらそこまで。運が良ければ子孫がそこに着くんじゃね?って」


その男もまた、送られたのだ。暗闇へと。


「人間のすることかよ?それが科学の使い方か?絶対に違う」


あの色と熱さを覚えている。

あれが火だ。


「罪を犯したからってさ、お前はいらない、どっか行って消えちまえ、死ぬまで1人で苦しめって……。なかったことに、いなかったことにしてさ」


なんという静けさだろうか。レニは瞼をそっと開けた。


「どんな人間も、存在そのものを奪われてはいけないんだ」


眩しい。これが、今、私のいるところ。


ピッポの両手は、いつしか固く握られていた。血管がところどころ浮き出る、顔に比べて大きく無骨な手の甲だ。

シャラ、とラピスラズリの青い髪の音がする。


「俺は、取り返しのつかない運命の中で死を待つ人に、それでも、声と光を届けたい。一瞬の明滅でいい。消えたとしても、瞼の裏に届いたら」


宵闇の青。どこか遠くに結ばれる焦点。


「死の瞬間は孤独じゃない。そこから、誰かに光はまた届く」


それは光。

30_届けトムソン#02

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