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34_At the bar#02

キャンディ・バーの店内は暖色灯。飴色の雰囲気がBGMのナイト・ジャズを甘く奏でる。音楽がある店っていいなあ、とリックは3秒間瞼を閉じた。

カウンターは本物の木の一枚板。すごいなあ、と手のひらを3往復。ニスの感触が柔らかい。
こんな場所があるんだ。
大学や自分の部屋が、無機質なサイバー空間のように思えてしまう。雰囲気のいい店だなあ、とリックは思った。
右隣のレニがリックのベストの裾をちょん、と引いた。こういうの好き。とてもかわいい。
「リック。ほら、あの席」
レニはリックに微笑み、視線でカウンターの最奥を示した。
「あそこでベンは、ナオミにプロポーズしたのよ」
パーティの席で仲睦まじく微笑んでいた2人の姿を思い出す。
バーでプロポーズか……。なんかの映画やドラマみたい。あまり見たことないけれど。
「そうなんだ。いつ?」
「クリスマス」
「勝負に出たね」
レニはくすっと笑う。カウンターに手を付き背伸びした。背骨の曲線が綺麗。
「それがね。ベン、はじめはクリスマスデートをドタキャンしたのよ。ナオミがここでヤケ酒してたら、夜中の0時に走ってやってきたんですって」
ベンは気さくでノリがいいけれど、ナオミとの約束を蔑ろにするような男ではない。
「何があったのかな?」
夜中の0時ならトロリーの制限時間。クルマで来たのか、用事が3層だったのか。
「よく知らないけど、その日に火星行きの仕事が決まったんだって」
「なるほど」
クリスマスは星間通信が一般開放されている。仕事について、現地と通話交渉をしていたのかもしれない。
レニがイタズラっぽい上目遣いでリックを見た。小さい頃は、ナオキと双子に間違われたという話を思い出す。その時は冗談にしか聞こえなかったが、なんかわかる。
「ベン、ナオミにね。僕と一緒に来てくれないか、火星で子どもをつくろう、って」
おっ。言ったなあ。
「ストレートだなあ」
「で、ナオキがいるのに2人の世界になっちゃって。挨拶もそこそこ帰ったってボヤいてた」
なるほど、と脳がオートで計算する。その日か、と思った。
「月は、産児制限があるからだね」
「そう。ナオミ、子どもが欲しいってずっと言ってたから」
火星はテラフォーミングの最先端。サクラ・ドルサやクサンテ・ドルサには、木も水も大量にある。市民の出産は行政に推進されていて、移民であっても、育児に関するさまざまな補償と権利が得られるのだ。
「ベンはそのために頑張ったのね」
聞いた年齢は14歳違い。そんなに歳に差があったのか、とリックは驚いた。
駆け落ちに至るまでに、いろんなドラマがあったんだろうな。


「あの子、ナオミに似ているね」
入り口に向かって左の壁際。細長いスタンドライトが落とす光の中に、椅子に座ったジュエレッタがいる。ボブの髪は鮮やかな緑。華奢で中性的なデザイン。半径1メートル程の距離を取り、円テーブルの座席へ放射状の配置。既に2席埋まっている。彼らの注目はサクラ・ウォーターと、グリーンティー。フードはナッツとチョコレート。
隣のテーブルで、時々何かを話している。知り合いではないが、顔見知り、といった感じ。
「ナオミがいつもお世話をしてたの」
だからか、とリックは頷く。彼らは、ナオミのことを懐かしんでいるのだろう。ジュエレッタの眼差しが柔らかい。
「なんて名前?」
「エメラルド・ガール。みんな色々読んでるわ。エメとかエッダとか、えーと……。ラダ、とか」
「ナオミは?」
「エラって呼んでた」
「そう。エラは、ナオミが好きなんだね」
レニは両目を三日月みたいに細めて笑った。
「そうね。そっくり」


レニがくるっと半回転し、棚の上に腕を伸ばした。左肩のレニの素肌を、こんなに近くで初めて見る。
「レニ。僕が取るよ」
「あら、ありがとう。ガムシロップよ」
「これだね」
リックはレニの後ろを通って反対側に移動した。
「僕、こっちに立つよ。棚のものを取る時は言って」
「わかったわ」

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