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アルドノア・ゼロの二次創作小説。
「面会室の伊奈帆とスレイン」シリーズの
ショートショートを更新中です。
ここにあるものは原作解釈を重視したもので
作者本人はカップリングと考えてはいません。
鳴海名義の過去作品については、当サイトの[BlueVault]もしくは
イラストコミュニケーションサイト「Pixiv」の投稿ページをご覧ください。
カップリングタグは[伊奈スレ]となっています。
(Pixivへのリンクはメニュー一覧のSNSリンク集「通信室」にあります)
人間同士の自然な心の交流として人間賛歌を描いているつもりですが、
読む人によってはカップリングと感じられるものについては小説ページでも
△▽
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灯台のコウモリ
灯台のコウモリ_9
夜光雲が星を覆い、灯台は闇に包まれた。人影は夜に溶け、虹彩の一つの赤と二つの碧が彗星のように光る。 「僕の左目の話をしようか」 伊奈帆は左目の眼帯に指で触れた。額を横切る斜めの紐は、ビショップの刻印めいて彼の容貌に溶け込んでいる、とスレインは思う。 「この左目について、君は一度僕に聞いた」 その時のことを覚えている。左眼をどうしたのか、と僕は聞いて、伊奈帆はそれに答えず僕の感想を尋ねた。 「はぐらかしてごめん。あの時は、君に伝える勇気がなかった」 「勇気?」 雲が濃く、星の届かない影の中。伊奈帆の声が聞こえる。 「この左目は、セイレーンとの取引で失った」 「……セイレーン?」 スレインは尋ねる。伊奈帆は一呼吸の後、芝居がかった動きで両手を広げた。 「人魚だよ。水の魔性。美しい歌声で航行中の船乗りを魅惑し、船は難破する」 その末路が、七つの海に彷徨う無数の幽霊船。 「取引って、何だ?」 「岬の通行許可」 「岬?」 スレインは自身の胸を掻き抱いた。呼吸が浅い。胸騒ぎがする。伊奈帆の次の言葉に耳を塞ぎたい思いと、必ず聞かなければならないとい

μ
10月27日読了時間: 7分
灯台のコウモリ_8
三六六、三六七、三六八……。 一段一段、螺旋階段を上る。下から吹き上げる風に抱えた木箱がカタカタ鳴る。波の音は遠く、星の声が近い。 地下室には誰もいなかった。錠はなく、扉は簡単に開いた。テーブルからずれた位置の彼の椅子は、主人を失い途方に暮れていた。 三七〇、三七一、三七二……。 これで終わりかもしれない、という諦念と、これが始まりかもしれない、という願望。世界の中のいくつかの物語の交錯を思い、伊奈帆は階段を上る。 三七六、三七七。 「調子はどう?」 上り切った展望台で、界塚伊奈帆はそう聞いた。 「見ての通りさ」 囁きの返答は後ろ姿から発せられた。 「煩いくらいの星空だ」 スレインは、展望台の窓枠に両手をついて夜空を仰いだ。潮騒が髪の輪郭を逆立て、金の髪が鬣のように星影を照り返す。 「界塚伊奈帆」 スレインは足を踏み換え、伊奈帆を向いた。微笑んでいるのに、頬は乾いているのに、泣いているような表情に見える。 「君は、知っているんじゃないのか?」 「うん」 伊奈帆は頷き、抱えた木箱を床に置く。湿った夜風が床を撫でる。 スレイン

μ
10月25日読了時間: 3分
灯台のコウモリ_7
甲板に照り返す光の照度が目に見えて低くなった。潮風の変化がコートのフリンジを直線的にする様を、影の動きで認識する。 「伊奈帆、ちょっといいか?」 「カーム。何?」 伊奈帆は首を左に向けた。甲板長のカームだ。彼は伊奈帆の反対側へ周り、ズボンのポケットから出した両手を船縁に置き口を開いた。 「灯台のコウモリのことだけど」 「うん」 カームは自身の後頭部を後ろ手で掻く。短い金髪は、秋の大地の草木の色にくすんでいる。 「あまり、言いたくないけどさ」 「それなら、言わなければいいんじゃない?」 「話の腰を折るなよ。あのな」 じっと目が合う。カームはやがて、はあ、と大きく息を吐いた。 「話してないんだろ?」 「何を?」 「左目のことだよ」 灰色がかったブルーの双眸。その焦点が横滑りする。伊奈帆は自身の眼帯に右手で触れた。右目を閉じ、すぐに開く。 「スレインは関係ないよ」 「お前の方が、関係あるんだろうが」 ざぶん、と大きな波が船体を揺らした。伊奈帆は体の向きを変え、波間にじっと隻眼を凝らす。 「どうする気だ?」 カームの声を波音と聞く。冬空にカモ

μ
10月24日読了時間: 3分
灯台のコウモリ_6
コトン、とテーブルに接したステム。ゴブレットのカットが、月明かりを紅色に照り返す。 「あんまり美味しくないな」 「そうか?」 伊奈帆の言葉に、スレインはボトルを引き寄せ持ち上げた。 「ラベルは擦り切れて読めないけど、良い物だろう」 「君がいうなら、そうなんだろうね」 グラスを傾ける。土や落葉。木枯らし。山葡萄。木苺。豊穣の大地を思わせる香りと苦味のフルボディ。スレインは格別だと感じるが、伊奈帆は渋い表情で頬杖をついている。 「界塚伊奈帆。君は、酒は嗜まないのか?」 「付き合い程度だし、海賊の飲み物はラムだよ」 「甘い酒だな」 ラムは、サトウキビのスピリッツ。海賊は皆甘党なのだろうか。 伊奈帆は再びワインを口に運んだ。目視できる限り、グラスの中身が減った感じはしない。 「これは苦い」 「苦くはないだろ?甘くもないが」 「渋いよ」 「ヴィンテージのフルボディだからな」 「好きなら、君が呑んじゃって」 「そうする」 くすり、と笑い、スレインは自分のグラスに酒を注いだ。 「彼は?」 「カームのこと?」 「名前は知らない」 「同じ船に乗ってるんだ

μ
10月23日読了時間: 3分
灯台のコウモリ_4
スレインは灯台の螺旋階段を駆け降りた。展望室からぼんやり眺めた夜雨の海、近づく船影が見えたからだ。 「やあ、スレイン。調子はどう?」 波の打ち付ける桟橋に、界塚伊奈帆が降り立ち言った。口調も身のこなしは軽やかだが、ブーツもコートも髪の毛も雨水と海水でぐっしょりと濡れている。 「出迎え?嬉しいよ」 屋根の下に入って伊奈帆が帽子を取る。逆さにするとざあっと水が地面に落ちて、髪の先からボタボタと雫が滴った。 「ずぶ濡れだな」 「風はないけど雨がひどい」 「拭くものは浴室にある」 「ありがと」 伊奈帆はブーツの底を掴み、脱いで逆さに持ち上げた。水たまりが二つでき、その真ん中で彼はブーツを履き直した。 コン、と硬質な音が存外に響く。g6に配置された白のビショップ、斜線の凹みへ雨音が流れる。 スレインは、黒のナイトを右手の中で転がしつつ口を開いた。 「その目……」 円テーブルの向かいに座る伊奈帆を見る。彼の右側頭部から左耳に向けて斜線のような紐があり、左眼窩を黒い眼帯が覆っている。 「左眼をどうした?界塚伊奈帆」 伊奈帆の隻眼の右が瞬く。 「君

μ
10月15日読了時間: 4分
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