灯台のコウモリ_5μ10月16日読了時間: 1分5つ星のうちNaNと評価されています。Fragments of memories 白。 それは音。 降り止まぬ雪の色は、十字の窓枠に静寂を刻んでいた。 足音がする。 キュ、キュ、と踏みしめられる雪の悲鳴。 赤。 木苺のような点描が、白雪に散る。 微笑みが虚になる。 風はなく、雪は止まぬ。
灯台のコウモリ_9夜光雲が星を覆い、灯台は闇に包まれた。人影は夜に溶け、虹彩の一つの赤と二つの碧が彗星のように光る。 「僕の左目の話をしようか」 伊奈帆は左目の眼帯に指で触れた。額を横切る斜めの紐は、ビショップの刻印めいて彼の容貌に溶け込んでいる、とスレインは思う。 「この左目について、君は一度僕に聞いた」 その時のことを覚えている。左眼をどうしたのか、と僕は聞いて、伊奈帆はそれに答えず僕の感想を尋ねた。 「は
灯台のコウモリ_8三六六、三六七、三六八……。 一段一段、螺旋階段を上る。下から吹き上げる風に抱えた木箱がカタカタ鳴る。波の音は遠く、星の声が近い。 地下室には誰もいなかった。錠はなく、扉は簡単に開いた。テーブルからずれた位置の彼の椅子は、主人を失い途方に暮れていた。 三七〇、三七一、三七二……。 これで終わりかもしれない、という諦念と、これが始まりかもしれない、という願望。世界の中のいくつかの物語の交錯を
灯台のコウモリ_7甲板に照り返す光の照度が目に見えて低くなった。潮風の変化がコートのフリンジを直線的にする様を、影の動きで認識する。 「伊奈帆、ちょっといいか?」 「カーム。何?」 伊奈帆は首を左に向けた。甲板長のカームだ。彼は伊奈帆の反対側へ周り、ズボンのポケットから出した両手を船縁に置き口を開いた。 「灯台のコウモリのことだけど」 「うん」 カームは自身の後頭部を後ろ手で掻く。短い金髪は、秋の大地の草木の色
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