面会室の伊奈帆とスレイン「クイズ2つ」
- μ

- 2月6日
- 読了時間: 3分
「クイズをするよ」
「は?クイズ?」
テーブルを一往復したクイズ、という単語にスレインの眉根が僅かに寄った。チェスボードの自陣、黒のポーンに伸ばしかけた腕を戻す。
伊奈帆は瞬き、口を開く。
「今日はなんの日だ?」
スレインは鼻からふっと息を漏らし、肩を竦める。チェスメンを1つ前進させた。
「ああ、今日か。君の誕生日だろう」
「正解。なんで分かったの?」
伊奈帆は白のナイトを左へ進めた。スレインはそれを黒のルークで討ち取る。
「去年の今日に、全く同じ質問をした。おととしも、その前も」
d8白。
「そうだっけ」
b5黒。
「そうだ。で、君はいくつになったんだ?」
白のビショップはe3へ。
「君の一つ下だよ」
「へえ……」
f7へ伸びた指がぴたりと止まる。伊奈帆がチェスボードから視線を上げると、目があった。スレインは顎に手を当て、天井へ顔を向ける。彼の視線を追ってみる。幾何学的に配置された蛍光灯の白い光が網膜に刺さる。
ブゥン、と響く、空気の循環する音。腕時計の秒針が、地球の鼓動みたいに主張した。
スレインの目線が放物線を描き、伊奈帆の左目に着地した。彼は細目で小首を傾げる。
「……なあ、界塚伊奈帆。僕は何歳だった?」
喉仏が上下して、ペンダントの鎖が鎖骨のあたりで鈍く光った。
「自分が何歳か知らないの?」
伊奈帆が聞くと、スレインは背を反らせ、大仰に両手を広げた。
「だって、ずっとここにいるんだ。季節感なんかない」
ずれた椅子が床を擦る。ぎい、と軋む音がして、彼は姿勢を元へと戻した。
伊奈帆はテーブルの上で指を組む。
「じゃあ、クイズだ。君は何歳?」
問いかけに見開いた双眸と口。
「正気か?うーん……。25歳くらいか?」
「ぷっ」
頬杖をつきしばし思案し、スレインが出した答えに伊奈帆は思わず吹き出した。
「なんだ、違ったか?」
スレインが不思議そうに問い返すのがまた可笑しくて、伊奈帆はしばらくの間、笑いのために呼吸困難に陥った。
「はははっ!はあー、苦しい……。君は28歳だよ」
ガタン!と床が鳴る。椅子が倒れたらしい。
「なんだって⁉︎ 28歳……。冗談だろ?」
目尻の笑い涙を拭いつつ、伊奈帆はスレインを見上げる。
「いたって真面目」
「そうなのか……」
スレインは呟き、屈んで倒した椅子の背を掴む。椅子の位置を戻し、彼はそこにストンと座った。
「これが現実」
「わかってる」
口を尖らせた表情が新鮮だな、と伊奈帆はほくそ笑む。子どもっぽいところもあるんだ。
盤上の一時停戦状態を眺めていたスレインの目が、人工灯を照り返す。
「そうだ、界塚」
「何?」
彼は左右非対称に口を曲げ、目尻を下げてこう言った。
「誕生日おめでとう。27歳の景色はどうだ?」
伊奈帆は彼の瞳を見返して、盤上に残るチェスメンを数え、壁の継ぎ目を数え、天井のリベットの配置を直線で繋ぎ、また彼の顔を見た。
「変わりないよ。ありがとう」
スレインの指が黒のナイトをひょいと抓む。




コメント