雨の展覧会、虹へ[note応募作品]
- μ

- 2025年12月31日
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その声を初めて聞いたのは六月の雨宿り。モノクロームの世界にナナホシテントウの赤が一等星みたいに鮮やかだった。
「梅雨かあ」
生協の軒下で空を見上げてボクは呟く。半径五メートル以内に人類はいない。断続的な雨音ノイズに掻き消える独り言である。
紙パレットを買うために訪れた生協で、立ち読みのトラップに引っかかってしまった。天気は映画の場面転換のように晴れから雨へと変化していたのだ。傘はない。合羽もない。あるのは、8号サイズのキャンバスだけ。
ーーアメアメフレフレ
空耳かな?ボク、耳はいい方だしストレスフリーな生活でストレスなんかもないんだけど、と周囲をサーチ。デジタル音源の漂流かな?どこから?
あ、猫だ。
ピカピカ光る自動販売機の等間隔の整列の隙間に、猫がいた。白黒の、乳牛みたいな模様の猫。丸い目が、田舎道の自動車フロントライトみたいに見える。
ーーピチピチジャブジャブ、ランランラン
「あれ?」
キャンバスをスチールの傘立てに立てかけて、ボクはしゃがんで猫を見る。猫目線では、ボクのプレゼンテーションが始まるような構図だな、とボクはこっそりほくそ笑む。
「ようこそ、雨の展覧会へ。猫の観覧者さま」
誰も見ていないのをいいことに、ボクは芝居がかった仕草で胸に手を当て一礼する。しゃがんだままだから、無理のある姿勢に靴裏のゴムがキュッと軋んだ。
「まだ制作途中ですが、なかなかいいでしょ?このへんの色とか。セルリアンブルーとジンクホワイトをなん度も交互に重ねています」
ボクの人差し指が、キャンバスの右上から左下に星を降らす。流星群の軌跡で、虹の発色を猫に伝える。
「今日は雨だから、色が少しくすんでるかな。それも味だね」
油彩絵の具のこってりとした凸凹を、指でチョンとついてみる。張り付いて閉じ込められていた色彩が、雨の中で生命を取り戻したようだ。
ーーきみきみ このかさ さしたまえ
「え?」
真っ赤な視界に瞬き数度。このカドミウムレッド、なんの色?
「あ?傘?でか」
気がつくと、傘の中にボクはいた。ボクの他には、さっきの猫と、あとそれから。
「ナナホシテントウだ」
立派なスターを七つ持つ、天道虫が靴先に。踏まないように一歩下がる。天道虫は歩き出す。飛ばないんだ。雨だもんね。
その後を、猫がのっそりついて行く。その猫の影を踏むように、ボクもキャンバスを抱え続いた。いつの間にか、雨はすっかり上がっている。水たまりには、虹の兆しが見えていた。




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