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#0230_2026/06/24

  • 執筆者の写真: μ
    μ
  • 6月24日
  • 読了時間: 3分

おはようございます。今日は朝食にちょっといいお皿を出して、彩りを考えた盛り付けにしてみました。目玉焼き少し失敗しちゃいましたが。


それというのも、昨日「グランメゾン・東京」を見たんです。全話一気見。昼頃から見始めて、夜中の1時くらいに見終わって寝ました。面白い。面白すぎる。


こんなに夢中になって一気見したのも久しぶりです。それに、ドラマはあまり見ない方なので、珍しい現象でした。これまで一気見したドラマは、「古畑任三郎」「踊る大捜査線」「仁」くらいかな。あと「天」。


「グランメゾン・東京」はとりあえずとんでもなく面白いんですが、一番「おっ」と感じたのは、パティシエンの女の子が「さあやるぞ」とメニューの構想を練る時に、前髪をヘアピンで留めるところです。「あ、ちゃんとここまで描くんだ」と思って。そのほかにも、日常のリアルな描写が多くて、世界観に浸る工夫がたくさんされていて感動しました。


面白いドラマなのですが、11話で駆け抜けるにはシナリオやレストランのシーンが、どうしても浮世離れして見えてしまう。エンタメ作品として、「作り物」として楽しむ分にはそれでいいと思うんだけど、製作陣の「安っぽい成功ドラマにしたくない」っていう矜持を感じました。倫子さんや京野の自宅のセットが味わい深いですね。流し台の鏡とか、玄関マットとか。そうそうこんな感じって思いました。


ラグジュアリーなセットや料理がどうしても前面にありますが、主題は硬派で、「ものを作る人間」をとことん描いた泥臭い作品だな、と受け取りました。


「勝ちたい」「認められたい」「でっかいことやりたい」


それでいいと思うんですよね。その根幹にあるのは、「料理が好き」じゃないんだと思います。「料理がやめられない」「この世界をやめられない」「齧り付いてでもこの世界で生きていたい」なのかな、と思いました。


「努力」「才能」「お金」「コネクション」「自分を信じる」


結局これらって「やめなかった」人間にしか辿り着けない言葉なんじゃないでしょうか。で、それは「努力してやめない」んじゃなくて、「やめる努力をしても無理だった」っていう「業」のようなものなんだと思います。


「努力」が足りない。

「才能」がない。

「お金」がない。

「コネ」がない。

自分のことが信じられない。


それでもやめられない。

だから辛い。でも、それだけ辛くても、惨めでも、やめられない。


それがいいよねって思います。やめないことって美化されがちですが、現実では、多くの人が避けていく。カッコ悪いって見えるから。


誰にも相手にされていないことを、他のこと全部投げ打ってやってて、虚しくないの?


そうやって言う、もう一人の自分がいるんですよね。それを割とちゃんと言語化してくれていたから、私は最後まで見られました。私の答えはこんな感じです。


やめられるんなら、とっくにやめてる。


「グランメゾン・東京」の登場人物も言ってたよね。それが「ものを作る人間」の本質なんだと思います。ちなみに、一番好きなのは第3話のジビエの話です。シリーズものの第3話は大体作品全体の主題や制作哲学入るから、気合い入ってていいですね。

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