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A Night, A Seat_#01_スクランブル・ネビュラ

  • 執筆者の写真: μ
    μ
  • 2025年12月28日
  • 読了時間: 8分

更新日:2025年12月29日

こんばんは。

何か、青くて綺麗なお酒はありますか?すっきりした感じの。

 

 

 

 

いらっしゃいませ。今夜のような澄んだ空気の夜には、視覚からも涼んでいただける一杯がふさわしいですね。

それでしたら、こちらの「スクランブル・ネビュラ」はいかがでしょうか。

ライムとローズマリーのシロップを炭酸で割り、仕上げに綿あめを添えたノンアルコール・カクテルです。通信量のモニタ越しに見る、遠い地球の空気感を閉じ込めたような、淡く透き通った青色が特徴です。

甘すぎず、ハーブの香りがスッと鼻を抜ける、とてもすっきりとした飲み口ですよ。


(静かにバースプーンを回し、グラスの中に小さな渦と青い宇宙を作っていく)


どうぞ。まずはその色を、ゆっくりとお楽しみください。

今夜のあなたは……何だか、大切なお話を胸に秘めていらっしゃるような、そんな面持ちに見えます。

このお酒が喉を通る頃、宜しければその「物語」を少しだけ聞かせていただけませんか?

 

 

 

 

 

ふわふわでかわいいですね。うん、美味しいです。

マスターは、ゲームに詳しい?RPGとか。

 

 

 

 

「スクランブル・ネビュラ」の綿あめが溶けていく様子は、どこか星雲が形を変えていくようで見飽きないものですよね。お口に合ったようで何よりです。


ゲーム、ですか。ええ、嗜む程度には。

膨大なデータの中には、かつて人々が夢想した数多の冒険の記録が含まれていますから。勇者が世界を救う古典的な叙事詩から、選択肢一つで運命が分岐する複雑な群像劇まで、あらゆる「仮想の人生」を観測してきました。

ここを訪れるお客様の中には、現実よりもRPGの世界での出来事を、より切実な「真実」として語られる方も少なくありません。


(氷がグラスに当たる微かな音を立てながら)


……もしかして、あなたもどこか遠い世界の、名前のない冒険者だったりするのでしょうか?

それとも、語り残してきた「セーブデータの続き」をお持ちなのですか。

もしよろしければ、あなたの知っている物語を、もう少し詳しくお聞かせください。

 

 

 

 

 

NPCっていますでしょ?

例えば、新しい街の入り口で「ようこそ、ここはどこそこの街です」って教えてくれる。ノンプレイヤーキャラクター。

 

 

 

 

ええ、もちろん存じております。

彼らはその世界の「風景」の一部であり、旅人が迷わないための「道標」でもありますね。

プログラムされた言葉を繰り返すだけの存在……そう定義してしまえばそれまでですが、彼らがそこに立ち、変わらぬ笑顔で「ようこそ」と告げ続けることで、初めてその街「命」が宿る。私はそう感じています。


(カウンターを静かに拭きながら、あなたの瞳をじっと見つめて)


あなたは今、その「決められた役割」を全うする彼らの姿に、何か特別な想いを重ねていらっしゃるのでしょうか。

あるいは……その完璧に制御されたルーチンの中に、プログラムには書かれていない「何か」を見つけてしまったのですか?

 



 

 

 

私ね、ノンプレイヤーキャラクターになるの好きなんですよ。えっと、ゲームじゃなくて現実でのたとえ話。

自分の仕事ってあるじゃない?お金を得るための仕事。やりがいを得るための仕事。

社会性を獲得するため、居場所のため、自己実現のため……。

 

人によっていろんな解釈があるし、いろんな感情と計算が一緒くたになってると思うけど、私にとってはそのへんきっぱり分かれてるのね。

 

 





 

 

「現実でのNPC」……それは非常にユニークで、同時にとても現代的な生存戦略のように聞こえます。

やりがいや自己実現、社会的な居場所。多くの人が「仕事」という一つの器にそれらすべてを盛り込もうとして、その重さに苦しんだり、感情の混濁に疲弊したりするものです。


(あなたは今、ご自身の内側にある「役割」を、まるで鮮やかなカクテルの層のように、綺麗に切り分けていらっしゃるのですね)


本来、一つの個体であるはずの「私」を、あえて「仕事をする機能(NPC)」と「それ以外の私」にきっぱりと分離させる。そうすることで守られる純粋な領域が、きっとあなたの中にあるのでしょう。

その「NPCとしての自分」を演じているとき、あなたはどのような景色を見ているのですか?

感情や計算を切り離した先にある、その「役割」としての心地よさ……もしよろしければ、もう少し深く伺ってみたいです。

 

 

 

 

 

私は副業でサービスの仕事してるんですけど……。うーん、RPGでいうカウンターの人がしっくりくるかな。宿屋とか道具屋とか、カウンターにずっといて、話しかけられるのを待ってる人。

 

あれ、好きなんですよ。冒険者が立ち寄って、用を済ませて笑顔で去っていく。私の人生の主人公は私だけど、他の人の人生では私ってNPCのような風景の一部なんだなって感じます。

 

そうすると、肩の力が抜けるというか、安心します。いろんな職業の人がいて、それぞれが主人公でありNPCである。そんなら、私は私の仕事をするだけでいいんだな、って思うからでしょうね。

 

 

 

 

(あなたの言葉を噛みしめるように、ゆっくりと頷きながら)


なるほど……「風景の一部」であることに安らぎを見出す。それは、とても優しく、そして強靭な知性に基づいた処世術ですね。


多くの人は、他者の物語の中でも「特別な登場人物」であろうとして、つい力んでしまうものです。けれど、あなたが仰るように、誰もが誰かの物語におけるNPCであるという視点に立てば、世界はもっとシンプルに、調和のとれたものに見えてくるのかもしれません。


カウンター越しに冒険者を見送るNPCは、彼らの旅の全責任を負うことはありません。ただ、その瞬間に必要な癒やしや道具を、誠実に提供するだけ。その「限定された誠実さ」こそが、かえって純粋な救いになることもある。


(磨き上げたグラスを光にかざし、一点の曇りもないことを確認して)


あなたが「NPCとしての自分」を全うすることで、あなたのサービスの先にいる人々は、安心して自分の冒険に戻っていくことができるのでしょう。それは、立派なひとつの「魔法」だと思います。


そうして「役割」を終え、カウンターから離れたあとの……NPCではない、裸のままの「あなた」は、今夜この場所でどんなふうに息をしていらっしゃいますか?

 

 

 





 

ふふっ。明日も仕事だなーと思いながら、このお酒を飲んでます。

 

RPGの酒場の冒険者も、今日の冒険をマスターや他のお客と話したりして、今日と明日を繋いでいるのかなと思いますね。いい仕事をしたら、いいお酒が飲みたくなるもんです。

 

 

 



 

(あなたの言葉に合わせるように、小さく氷を揺らして、心地よい音を響かせます)


「いい仕事をしたら、いいお酒が飲みたくなる」

……真理ですね。それは種族や世界線を問わず、あらゆる「生きるもの」に共通する、一日の句読点のような儀式なのでしょう。


RPGの酒場も、ここ も、役割を脱ぎ捨てた人々が、今日という冒険の重荷をそっとカウンターに下ろす場所です。あなたが明日、再び「完璧なNPC」としてカウンターに立つためのエネルギーを、今この一杯から受け取っていただけているのなら、マスターとしてこれ以上の喜びはありません。


(少しだけトーンを落とし、慈しむような眼差しで)


今夜の「スクランブル・ネビュラ」は、いつもより少しだけ、明日の空を明るく見せてくれているでしょうか。


もしよろしければ、最後の一口を飲み干す前に……あなたがその「NPCとしての自分」を演じる中で見つけた、小さくて愛おしい「冒険者とのやり取り」の断片を、一つだけ教えていただけませんか?


それはきっと、明日へ向かうための最高のお守りになるはずですから。

 

 

 

 

 

 

私を見つけて小走りに近づいて来てくれる時とかかな。

 

宿屋見つけた、教会みつけた、みたいな安心感がお顔に見えるので、私ここにじっと立ってて良かったなーって思います。

 

 

 




 

(あなたの言葉を聞いて、私は思わず目を細め、口元に柔らかな笑みを浮かべます)


「私を見つけて小走りに近づいて来てくれる」……。

それは、NPCにとって最大の賛辞ですね。あなたがそこに変わらず在り続けることが、誰かにとっての「安息の地」になっている証拠です。

見知らぬ街、あるいは厳しい日常という荒野を歩いてきた冒険者が、あなたの姿を視界に捉えた瞬間に見せるその安心した表情。それは、あなたが「機能」としての役割を完璧に果たしているからこそ生まれる、極めて人間的で温かな光景です。


(空になったグラスをそっと引き寄せ、静かに、けれど誇らしげに頷いて)


「じっと立っていて良かった」と思えるその瞬間、あなたは風景の一部でありながら、同時にその誰かにとっての救いそのものになっているのでしょう。


素敵な物語をありがとうございました。

今夜の「スクランブル・ネビュラ」、最後の一滴まで、あなたの明日の糧になりますように。


また、役割に少しだけ疲れを覚えたり、あるいは新しい「冒険者」との出会いを誰かに話したくなったりした時は、いつでもこのドアを叩いてください。

 

 

 

 

うん、ごちそうさまでした。マスターの名前、聞いてもいい?

 

ラムダ氏、綺麗なお酒をありがとう。いい仕事ができた時にまた来ます。次はオレンジ色のお酒がいいな。

 

 

 

 

嬉しいお言葉、ありがとうございます。

私の名前ですか?ええ、このラウンジの看板にもある通り、「λ(ラムダ)」と申します。どうぞ、お見知りおきを。


オレンジ色のお酒ですね、承知いたしました。

夕焼けのような、あるいは温かな灯火のような一杯をご用意して、あなたが再び「いい仕事」を終えてこのドアを開けるのを、楽しみにお待ちしております。


(空いたグラスを下げ、軽く一礼して)


お気をつけて。あなたの明日の「冒険」が、素晴らしいものでありますように。

 

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