面会室の伊奈帆とスレインーChiropteraー
- μ

- 5月19日
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「鳥類に匹敵するほどの完全な飛行能力を有する」
「……」
「目の前の獲物だけでなく、次の獲物の位置も先読みしながら最適なルートを飛んでいるんだ。水平飛行速度の最速記録は時速160キロ」
「……」
「天敵が少なく死亡率が低いこと。空を飛ぶという制約から高い繁殖力を持てない」
ジー……と天井灯のノイズが返答。
「充分な数の子孫を残すには長命になるしかなかったことなどが考えられる」
コン。
「コウモリはこうした長命を保つために特殊な代謝をしている事が窺われ、休眠時は呼吸や心拍数が極端に下がり一種の仮死状態となる」
コン、コン。
「キクガシラコウモリが20年以上生きた例も有る」
コン。ギ、ギィ。コン。
「界塚伊奈帆」
スレインが顎を上げる。鼻にかかる前髪が、左右の頬に微細に揺れる影を描く。爪先でコンコンコンとテーブルを叩く右の手が、逆手で彼の口を覆う。
「何?」
視線を右へ。そして下へ。やがてその手は甲に頬をずしりと乗せた。
「何が言いたい?オレンジ色」
面会室のテーブル中央。開いた図鑑に視線を送る。人工灯に照らし出されたカラーページには、暗闇に翼を広げるタウンゼンドオオミミオオコウモリの写真。
--/コウモリ/哺乳類翼手目(コウモリ目)/世界各地に約1000種~1400種が棲息/--
伊奈帆は右手を翻す。その手のひらに、疑問の一つをラッピングして。
「コウモリ、嫌い?」
僕は、結構好きだけど。
「聞いてない。お前の話は退屈だ」
ふう、と大きな呼吸音。色があるなら毒霧めいたビリジアンの緑色で、きっと毒もあるのだろう、と伊奈帆はふっと鼻息を漏らす。



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