top of page

新聞部の少女["Here we are"表紙SS]

  • 執筆者の写真: μ
    μ
  • 10月29日
  • 読了時間: 3分

 雨上がりの庭は雫がきらきら光って、アニメ映画の世界みたい。花の名前はわからないけど、オレンジや黄色の花々は夏らしくてとても好き。

 中庭の見える窓際席に一人で座り、私はメニュー表をまた広げた。もう注文は済んでいるのに、手持ち無沙汰で何度も開いてしまう。写真のないメニュー表はレトロな感じが物珍しい。左下の余白に、それほど上手ではない素朴なクリームソーダのイラストがある。

 メロンソーダ、早く来ないかな。

 午前十時の店内は、半分くらい埋まっている。客層はお母さん世代と老人。一緒に来たお母さんは、知り合いを見つけ同席し、私は一人席になった。中学生は私一人。知らない人がチラチラ見てくる。夏休みなのに、ズル休みしているみたいに居心地が悪い。

一人で喫茶店のテーブル席に着く。こんなのって初めてだからキンチョーする。なんか都会の人みたい。

私はメニューを閉じ、朝から何度も鏡の前で確かめた自分の服装チェックをする。マリンボーダーのカットソーとショートパンツ。白いサンダル。この前、買ってもらったばかりの新品。うん。結構いけてるんじゃない? このお店に初めて来た時は、クタクタのTシャツと、ダメージ加工でも何でもない穴の空いたジーパンにビーサンだったもんね。あれは恥ずかしかった。リベンジ成功。

 だってカフェなんて洒落たもの、生まれて初めてだったんだもん。

 喫茶海猫。私の街にオープンした喫茶店。市街地からは結構遠くて、自転車なんかじゃ行けないところ。大人は車があるからいいなあ。あーあ、早く大人になりたい。

「お待たせいたしました」

 ドキン、と心臓が跳ねる。体に電流が走ったみたいに背筋が伸びた。学校でもしないような膝に手を置くいい姿勢で、私は顔をパッと向ける。

 店員のアメさんがにっこり笑った。金髪猫毛の先っぽが、外の光を透かしてキレイ。

「庭を眺めてらしたんですか? ありがとうございます。僕が手入れしているんですよ」

 彼の目が庭に向いた。私はドギマギしながら、必死に言葉を探す。

「えっ、あの、はい……! オレンジ色が綺麗だなって」

「オレンジ色? ……ああ、本当ですね」

 アメさんは微笑んで、トレイのドリンクをテーブルに置く。音が全くしないのがすごい。

 泡が弾けるエメラルドグリーンのソーダ。トッピングはまん丸のバニラアイス、真っ赤なチェリー。ストローとスプーンを紙ナプキンの上に置いた。男の人の手ってあんまり近くで見たことないかも。肌は白くて、大きさの割に細くて関節が出っ張ってる。爪は深爪したのかなって心配になるくらい短い。指先の皮膚は乾燥して少し荒れてけれど、私は綺麗な手だと思う。

「お先にメロンソーダです。パンケーキは、もう少々お待ちくださいね」

 ぺこり、とわかりやすい会釈をしてアメさんは背中を向けて去っていった。後ろ姿が外国映画の俳優さんみたい。

はあー、かっこいいなぁ。

「ねえ、アメさんこっち」

「はい。ご注文ですか?」

「コーヒーのおかわりいただける?」

 お母さんたちのテーブルに捕まって、少し立ち話。お母さんたら声が大きくて恥ずかしい。ここまで聞こえてくるんだけど……。

「ねえ、アメさんご結婚は?」

「いえ、今は」

「誰か紹介しましょうか?」

「えっと、その、間に合ってますので……」

「アメさん。これ運んで」

 男の人の声が割って入った。はっと顔を向けるけど、カウンターは壁に遮られて見えない。

「あ、なおくん。はい。ご注文は以上ですね。では、僕はこれで」

 タタッ、とアメさんがカウンターに向かった。トレイに大盛りのパンケーキを乗せてやってくるのを、私は庭に顔を向けて待つことにする。

 
 
 

最新記事

すべて表示
灯台のコウモリ_9

夜光雲が星を覆い、灯台は闇に包まれた。人影は夜に溶け、虹彩の一つの赤と二つの碧が彗星のように光る。 「僕の左目の話をしようか」  伊奈帆は左目の眼帯に指で触れた。額を横切る斜めの紐は、ビショップの刻印めいて彼の容貌に溶け込んでいる、とスレインは思う。 「この左目について、君は一度僕に聞いた」  その時のことを覚えている。左眼をどうしたのか、と僕は聞いて、伊奈帆はそれに答えず僕の感想を尋ねた。 「は

 
 
 
灯台のコウモリ_8

三六六、三六七、三六八……。  一段一段、螺旋階段を上る。下から吹き上げる風に抱えた木箱がカタカタ鳴る。波の音は遠く、星の声が近い。  地下室には誰もいなかった。錠はなく、扉は簡単に開いた。テーブルからずれた位置の彼の椅子は、主人を失い途方に暮れていた。  三七〇、三七一、三七二……。  これで終わりかもしれない、という諦念と、これが始まりかもしれない、という願望。世界の中のいくつかの物語の交錯を

 
 
 
灯台のコウモリ_7

甲板に照り返す光の照度が目に見えて低くなった。潮風の変化がコートのフリンジを直線的にする様を、影の動きで認識する。 「伊奈帆、ちょっといいか?」 「カーム。何?」  伊奈帆は首を左に向けた。甲板長のカームだ。彼は伊奈帆の反対側へ周り、ズボンのポケットから出した両手を船縁に置き口を開いた。 「灯台のコウモリのことだけど」 「うん」  カームは自身の後頭部を後ろ手で掻く。短い金髪は、秋の大地の草木の色

 
 
 

コメント

5つ星のうち0と評価されています。
まだ評価がありません

評価を追加
bottom of page