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33_トリプル・トポロジーズ#01

「おい」
「……」
「おい!」
「…………」
「おいってば!」
「……え?僕に言ってる?」
「そーだよ!!このキョリカンで、他にだれがいるってんだ!!」
リックはセオドライトのレーザー求心から顔を離し、声のする方に顔を向けた。
灰茶色の短髪。彩度の高いオレンジ色の目。面差しはあどけないが、精悍な顔つきの10歳くらいの少年である。
「ごめん、集中してて。何か用?」
日曜の午後14時。
リックは6区イーストUエリアの測量をしていた。クラッシックな光学式セオドライト。レトロ趣味があるわけではなく、基礎演習用講義で購入した、家にあったやつである。大学の高性能な多次元多角式トランシットが喉から手が出るほど欲しいのだが、めちゃくちゃ高くて今は無理。教授に貸し出しをお願いしたが、貸借中の故障は保険がきかないと断られてしまった。一緒に来てくれとは流石に言えない。教授は地球からの単身赴任。連休は家族のところに帰るのだ。
毎週のように来て作業を進め、現在の進捗は8%ほどである。気が遠くなるが、時間をかければ絶対に終わる。できることからコツコツと。目の前のことに手をつけろ、がリックの信条である。
「おうソル坊、リッちゃんになんか用か?」
路上で対峙している二人の元に、屈強な男性陣が連れ立って歩いてきた。6区イーストの土木工事現場作業員の人たち。
「おうよ!オヤカタ」
少年は彼らに向かってサムズアップを決めている。いかにも腕白そうな溌剌とした少年。現場の大人が気安い理由がよくわかる。
「こんにちは。今日はみんな休み?」
リックはオヤカタに声を掛けた。レニとの初デート以降、6区のインフラ整備の調査のために何度も一人で訪れるうち、すっかり打ち解け、報酬もないのにリックの作業を色々手伝ってくれる。川作りに関しては運命共同体なのだ。
「日曜だからな。精が出るねえ」
「リッちゃん、美人の彼女と上手く行ってんのか?」
一番若いケンが脇をつっついた。彼はリックと同い年で、1年半同棲している彼女がいる。
「へへっ、うん」
「いっぺん連れてこいよー」
「彼女、日曜日は仕事なんだ」
「おい!オレが話しかけてんの!」
「ほー。でも、夜は彼女んとこに泊まりだろ?」
「ううん。家に帰る」
「なぬっ!」
残りの人も色めきだって詰め寄った。えーと、なんで?
「リッちゃん、日曜はまじで測量だけしに来てんのか?」
「うん。学校休みだし」
「彼女んちそこなのに会わんと帰るんか?」
「彼女、明日も仕事だし」
「おいって!」
「それにしたってよー。あ、もしや、泊まりはまだなんか?」
「えーっと……。うん」
「付き合ってどんだけ?3ヶ月くらい?」
「半年」
「「「「「えええええ!!??」」」」
「半年付き合ってんのに!?」
「それはまずいぞ」
「男見せろよ」
「そうなんだけど、……勇気が出ない」
「彼女、何も言わんのか?」
「彼女待ってんじゃねーか?」
「女の子からは誘えんだろ」
「そんなんは、男から言わねーと」
「…………うん」
「おい、オレと……」
「お〜!リッちゃん赤くなってる」
「イケメンなのに奥手だなあ」
「やっぱリッちゃん、上の人って感じしねーな。気さくで素直で純情で」
「しかし、いくら女に真面目でも、デート期間がちょっとなげーぞ」
「イーストに川まで作るってんだから、彼女のことも遊びじゃねーよな?結婚考えてんだろ?」
…………。
「……ごくっ」
「うん。一生をかけてる。川を彼女に見せたいんだ」
「「「「「おお〜〜〜〜!!!!」」」」」

「一生かけてる!痺れるねえ!」
「姿いい男で身持ちが固え、頭が良くて測量もできる。しかも優しい!彼女も幸せもんだよ」
「おい!」
「えっと、オヤカタ。少しいいかな。彼女が幸せかどうかは彼女の心理状態で、僕が決めることじゃない。他の人が決めることでも、もちろんない」
「「「「「お〜〜〜〜!!イカす!!」」」」」
野太い歓声。なんか人が集まってきた。三脚のネジを意味もなく回して戻す。作業を進めたいんだけど……。
「おいってばよ!!!!」
「お?さっきっからなんだよ、ボウズ」
「このおにいには、オレが話しかけてんの!!ずーーーーーーーーーっと!!おっちゃんたち、横入りすんなよな!」
「あ、そういやそうだった。すまんすまん」

話が長くなりそうなので、リックは三脚を畳み、道の脇へと立てかけた。戻ってソルに向き直る。

「それで、何だっけ?」
「ごっほん。じ・たいむ・はず・かむ」

ズザ、っと履き込んだモカシンが地面を踏んだ。灰色の埃が舞う。

「なんだなんだ?なんか面白えこと始まんのか?」
「ソル、面白いこと言え!」
「面白くねえ!!オレは真剣だっつーの!!」

びしっ!!

「オレは今この場で、このおにいに決闘を申し込む!」

「「「「「うお〜〜!!!!」」」」」
「男の勝負だ!血湧くねえ」
「面白そう!人呼んでくらあ」
「コーラねえか?見物見物」

数十秒で、二人を中心として半径3メートルほどの円形の人だかりが形成された。決闘リングに間違いない。最前列の何人かは、どこから持ってきたのか座るためのボトルクレートを設置。コーラの売り子が3人現れた。

時刻は13:30。時間も限られてるし、僕は測量したいんだけど。

「えっと……。ごめん、名前なんだっけ。これ、何の決闘?」
「オレはソル。あんた、ナオ兄が言ってたレニの彼氏だろ?」
レニとナオキの知り合いらしい。
「そうだよ。ソル」
「レニはポンプだ。つえーぞ」
「知ってるよ」
「おにい、レニより強えの?」
「まさか。レニはプロだよ。勝負にならない」
ソルはきっと目尻を吊り上げた。
「そんな弱え男に、レニはやれねえ」
かっちーん。
「レニはものじゃないよ。君のものでも、もちろんない」
ソルはぱちっと瞬きをして、重心を斜めに移動し腰に右手を当てた。ナオキそっくり。
「おにい、理屈っぽいなー」
「うん。自覚はある」
びしっ!再びソルの人差し指がリックの顔をズバッと指した。
「とにかくよ、オレはレニのことがずーーーーーーーっと前から好きなんだ!」
「ああ、そういうことか」
男の勝負ってことだ。こいつ、なかなか見る目ある。
「おにいがレニに相応しい男かどうか見定める。オレと決闘しろ」
「受けて立つ」
作業着を着ていて良かった。3着あって、新しいのを買うからと、ナオキがこの前くれたのだ。手持ちの服のどれよりも機動力が高く丈夫。着込んであるから、汚れも破れも気にしなくていい。

身のこなしでわかる。ソル、かなり強い。

ポケットに入っていた電子機器や測量器具を取り出した。オヤカタが駆け寄り、それらを預かり席へと戻る。ギャラリーは私語もなく両手を握って、時々コーラの瓶を傾けて、成り行きを見守っている。
決闘ルールが驚くほど整っている。この街の治安維持システムの一つなのだろう。
うん。わかりやすくていい。
「子どもだからって舐めんなよ」
「決闘に年は関係ない」
「おっ、ちょっとかっこいい」
「背中がついたら負け、それでいい?」
「ライトだなー。ま、いいぜ」

ザッ。

「おにい、名前は?」
「リック」

「レディ……」
「「「「「「「「「「ゴー!!!!」」」」」」」」」」

シュ、シュト。

「おにいは、レニのどこが好きなん?」
「うーん……。好きじゃないところが一つもない」
「えー?んーと、じゃ、ほかの女と違うとこ」
「そういう比較はしたことないけど……」

シュタッ!シュ、ヒュン!

「動き。……違うな。生命の純度がとても高い」
「ジュンド?何それ」
「生き方に、混じり気がないってこと」
「あーわかる!無我だろ」
「無我?」

タッ!

「自分を空っぽにするんだよ。体がすんげー自然に動くんだ」

ストン!ザッ!

「ソル、それできる?」
「時々。今は無理っぽい」
「どうして?」
「レニがかかってっから」
「……あのさ。レニはものじゃないって言ってるだろ」
「コトバノアヤだろ!おにい、めんどくせー」

タッタッタッ、シュッ!

「ソル、強いね。誰の指南?」
「ナオ兄。このへんのチビみんなそーだよ」
「これ、ナオキの作業着」
「知ってんよ。……そこ!」

カッ!パン!

「ムギチャこぼしたシミがあんだろ。オレ、そん時に飯食わしてもらってた」
「ナオキ、料理するの?」
「ヤキメシがバリうめー」
「チャーハン?僕も食べたいなあ」
「昼時行ったら作ってくれんぜ」
「わかった」

タッタッタッタッタッタッ。トトン。

「ソルは、レニが好き?」
「おう。レニはオレらのスターなんだ。オレもポンプになりたい」
「そうなんだ」
「うん。金稼げるし、ソンケーされる。そんで強え。だから女にバリモテる」
「へえ……」

カン!タッ。シュトッ。

「でも、ムズイ。誰でもなれるわけじゃないからさ。オレがなれるどーかはわからん」
「何か、条件があるの?」
「ターゲット以外は殺さないこと。あと、でっけー怪我しねーこと、死なねーこと」
「……」

しん。

「レニは無我の達人だし、バイオレット・ベンヌのたった一人の弟子だった」

……ザッ、ザッ、ザッ。

「誰?その人」
「レニやナオ兄のバーチャン。若い時に引退したけど、伝説のポンプだよ」

タッタッタ。トントントン。ビュン!

「だから、レニはスカウトされてポンプになった。オレもケンカつえーけど、レニは格が全然ちげーよ」
「レニ、今は武道の先生をやってるよ」
「いいなー、それ。オレもレニに教わりてー」
「ははっ」

ヒュ!ビュウッ!……タッ。

「おにい、カワ作るんだって?カワって何?」
「たくさんの水が、地面を流れて行くんだ」
「うっそだー!水なんかねーじゃん」
「僕は水を作りたいんだ」

カ、バンッ!……ザザッ。

「あ!わかった!!」
「何がわかった?」
「レニ、ウォーター大好きじゃん。おにいは川作って、レニに水をいっぱいあげてーんだろ?」
「あははっ!言われてみれば、そうなのかも」

タッ。タッ。タッ。
ザ……、ビュ!

「レニとキスした?」
「うん」
「いいなー。レニってかわいーもん」

タン。

ヒュ。

……ズザッ。

「「「「「「「「「「勝負あり!!!!」」」」」」」」」」

「うおー!!リッちゃんつえー!!」
「見応えあったなあー!ソルもいっぱしになったじゃねえか」
「つーか、彼女ってレニちゃんのことかよ!」
「レニちゃんに腕っぷしでかなうやつ、イーストにゃ一人もいねー」
「兄ちゃんすげー度胸してんなー」
「半年経っても手が出せねーの、なんか納得」
「レニちゃんって、もうそんな年か。そういや綺麗になったなー」
「男みたいだったけど、髪伸ばしてよ。ぐっと色気が出たな」
「この決闘、レニちゃんにも見せたかったぜ」
「1対1の素手の決闘、大好きだからな」
「レニ、日曜は仕事なんか?」
「キャンディ・バーだよ。ナオミちゃんいなくなったろ」
「ナオミちゃん、元気かなー」
「レニならバーテンだろ?助かるねえ」
「ナオちゃんも忙しいからな」
「今度、店行ってみるか」
「ハイボールも悪くねえけど、ビールが下でも飲めりゃあなあ」

やんややんや。
ガヤガヤガヤ。

「決闘は、僕の勝ち」
「わかってるよー。……ちぇ、このブドーなに?踊りかなんか?リクにい、今度教えてよ」

リックはオヤカタに礼を言い、受け取ったメジャーや分度器、計算機をポケットの所定の位置に戻す。

「測量しなくちゃいけないし。時間があればね」

三脚を開き、読み取り顕微鏡を覗く。……埃が多いな。

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