J&L Ice cream Shop
「あたしだけ見てない」
「そうだっけ?」
休憩時間。ランチタイムをレニはジェンの店で過ごしていた。ラピはいつも通りのローラースケート・スタイルで、車の前でにこにこしている。
パラソルの下のテーブルには、持参した固形食とミント・ウォーター。デザートには、パイナップルのアイスクリームを頼む予定。
「ラジエルさまも、リックくんをご存知なのよ!」
テーブルの対面に座るジェンが、ずずいっ、と身を乗り出した。テーブルにどーん、と乗ったバストがスイカのようである。
でっかいなー、とレニは視線を下にした。真っ平らってわけじゃないけれど、フルーツに例えられるほどのボリュームはない。
「ああ、猫探しで話したって言ってたっけ」
大は小を兼ねるというし。レニは羨望の眼差しで、じーっと小麦色の谷間を見つめてしまった。
「みんなずるいわ、あたしも見たいー」
「えーっと……」
我に帰り、頭の中でスケジュールをパラパラ確認。今度の土曜は私は空いてる。リックはどうかな?今日はバイトがあるって言ってたし、夜に電話で聞いてみよう。
「そのうち、一緒にアイス食べに来る」
「ほんと!?絶対よ!?」
「うん」
ジェンがにまーっと笑ってさらににじり寄る。長いまつ毛がぱちぱちっと、シューティングスターのように瞬いた。ブルーの瞳がらんらんしてる。
「それでそれで?もうキスした?」
「うん」
レニはこく、と頷いた。ピリ、と封を開けてビスケットをつまんで齧る。
「えーっ!!いつ?」
「クリスマスに」
「なにそれロマンチック〜!クリスマスデートはどこに行ったの?」
「えーと、あそこらへん」
レニは、東の空を指差した。
「えっ、タワーディナー!?ドレス買ったの!?」
「違う違う。Cエリアの複合ビルの屋上」
「うーん?そんなところに何しに行ったの?」
「惑星間通信デコードのランプの明滅を見に」
「??つまり、どういうこと?」
「クリスマス・イルミネーションかな。ドーム壁面の受信ランプ、各惑星からの信号が違う速度と間隔で光るのよ」
「なにそのイルミネーション!?かっこいーー!!」
「うん、かっこよかった」
レニはぎょっとした。
ジェンを見ると、明るい笑顔のままで、両目だけが大泣きしていた。大粒の涙が、ポロポロとあごを伝い、地面が濡れてすぐに乾き、また濡れる。
「ジェン!?今の話で泣くとこあった?お腹空いた?」
「あははっ、違う違う……」
ジェンは腕でぐい、と顔を拭った。笑顔はどこかぎこちない。左右の動きがチグハグで、レニはかつて割れて修理されたジュエレッタの金の継ぎ目を思い出した。
「……あたしの初恋、レニだったんだー」
「そうだったの?」
「その大げさに驚かないところ好き。覚えてる?初めて会った日のこと」
「忘れないよ」
ジェンは背もたれに身体を預け、足を組んで腕を後ろにだらんと垂らした。
「14の時だから、もう5年前かあ。6区の路地裏で、……あたしがマワされそうになってた時に、2人が助けてくれたよね」
「最初に助けたのはナオキだよ」
「うん」
ジェンが両目を瞑る。瞼がぴく、と痙攣した。
「でも、相手は5人もいたし、あいつチビスケだから、すぐボコボコにされてのびちゃって」
ブルネットの髪がさらりと肩を滑った。ポニーテールの毛先は、滝のように真っ直ぐ胸に落ちている。
彼は同年代でのケンカは決して弱くはないが、ケンカ慣れしてエモノを持ったチンピラに普通の子どもは敵わない。
「あたしのバージンここまでかー。口に突っ込んできたら噛み切ってやる、って思いながら、ボロボロのナオキにしがみついた時だよ」
ジェンは、瞼をそっと開いた。スプリング・スカイの淡いブルー。二重の瞼が、眩しそうに細くなる。
「金色だ、と思った」
ジェンは伏し目に、右手の指で髪を梳く。引っかかりのない、さらさらとした指通り。指の形はショーウィンドウのマネキンよりもずっと微細。
「気がついたら、男の体が、5つ地面に転がってた」
あの頃のレニはナオキと2人でつるんでたから、よくそうなった。ナオキは異変を察知するのが早いのだ。駆けつけた時には、大抵のびていた。
「助かった、より、なんで?の方が先にきた」
ジェンはレニを見る。くしゃりと笑った。いつもの顔で。
レニはウォーターをごく、と飲む。ぬるくなっているけど、ミントの清涼感がある。
パラソルの日陰からはみ出した足の靴。レニは赤白の、ジェンは黄色のスニーカー。
「よく見ると、ジーンズ姿の金髪の子が立っててさ。スッとあたしに近づいて、しゃがんで帽子を取ったんだ。それで言ったの」
「大丈夫?間に合った?って」
「あれ、世界で一番カッコ良かった」
ジェンは14歳の少女のように、前歯を見せて笑った。そばかすはいつの間に消えていたんだろう、と今更気づいた。
レニは思い出す。今では遠ざかった、あの暮らし。
ーー大丈夫?間に合った?
うん。確かに言った。同じ言葉を、何度も。何人もに。
間に合わないことが、時々あった。助けた後で、少女たちの涙と体液をレニは破いたTシャツで拭った。
6区の暮らしは気に入っている。そこでずっと暮らしてきたから。
けれど、そこがそこそこ地獄であるとも知っている。地獄しか知らない人たちが、ひしめき合って暮らしている。
だから、レニはポンプになった。そのせいで少し疎遠になっていたけど、またこうやって、気兼ねなくみんなと話せるようになって、とても嬉しい。
ナオキのおかげかもしれない。
ロバート・ブラウン。リック。ライカ。
違う世界の人たちが、いつのまにか内側にいる。
ジェンが肩を揺すった。両手の指を胸の前で組み合わせる。いわゆるお姫様ポーズ。
「これが恋?って思いながら、ぽーっとなってスミレ色の瞳を見つめていたら、ナオキが気づいて」
そして片手を翻す。
「レニ、サンキュ、って」
シニカルな笑顔がナオキにそっくり。ジェンは天を仰ぎ、ホールド・アップのポーズをした。
「もうね、ドンガラガラガラガッシャーン!よ」
「ドンガラ?ガッシャーン?」
「その時のあたしの心象風景」
はあぁ〜〜、と地を這うようなため息。ジェンは机に突っ伏した。左の頬がテーブルに密着している。
「まじ?女の子だったの?って。ジェニファー初めての本気の恋、多分10秒くらいで終わった」
少し遠くで、猫が鳴いたような気がした。
「知らなかった」
「言わなかったから。……ていうか、言えないよー」
ジェンは身体を起こし、指で左右の眦を拭った。レニは、あれっ?と思い至る。
「あの時、それでジェンは泣いたの?」
「違う。あれは、ほんとにお腹が空いてた」
ジェンはにっこり笑った。レニの視界に、キッチンカーの前のラピの笑顔がピンぼけに映り込む。
「でも、今は多分そう」
涙が頬を一筋伝った。
「これ、14歳のあたしの涙。今、失恋したんだわ」


