「あーっ!リックお兄ちゃん!」
「やあ、ラジィ」
2層Aエリアホワイト家の正門。インターフォンを押そうとしたリックの元へ、ラジィが駆け寄ってきた。前に見た時よりも足取りは軽快。
ラジィが門柱に手を翳し、正門が音もなく開く。古典的なデザインだが、音は実装していないんだな、とリックは門の稼働部分を眺めた。
「クロを捕まえてきたよ。眠らせてない。起きてる」
「僕もあちこち探したんだ。どこにいたの?」
「あの上」
「屋根?どうやってつかまえたの?」
「登って」
「どこを?」
「えーと、これはナイショだよ」
リックはしゃがんで、ラジィと同じ向きに顔を向けた。彼の目線の先に人差し指を伸ばす。
「ほら、あの木。痛めないよう登ったはずだから許して」
同じ目線でウインク。ラジィは、あははっ!と笑ってぴょんと飛んだ。
「お兄ちゃん、猫みたい!」
「あはっ、猫好きだから嬉しいな」
立ち上がる。庭の電気蝶はモンシロチョウ、ギフチョウ、ムラサキシジミ。代表的なスプリング・エフェメラル。
「ねえねえ、リックお兄ちゃん。うちの猫、よくいなくなるでしょ?あれ、ジャンのしわざ!」
しわざって?
「どういうこと?」
ラジィは仁王立ちで腕組みをして、首をうーん、と傾けた。
「レニが忙しいから、別のギョーシャさんに頼んだって、僕に言っていたけれど……」
レニ、と聞いて頬が綻ぶ。ラジィとは前にも一度話したけれど、レニにとても懐いているので、リックはほのぼのとした気持ちになる。
ラジィがピン、と腕を伸ばし、上に向けた人差し指をリックに向けた。
「多分ね、また、なにかのしわざ!楽しいことするつもりだよ」
猫探しは、本来必要のない仕事。猫のリアル指数を通常モードにすれば、定められたエリアからは出ていかない。わざわざ猫を逃すのは、いわば慈善事業なのだ。
コンピュータを誤作動させて、人ができる仕事を作る。施しといえばそうだけれど、様々な側面があるらしいことも知識としては知っている。
レニも、猫探しを口実にスカウトされたと言っていた。ラジィの言う仕業はそのへんだろう。
「そうなのかな?ラジィ、トレーニングはどう?」
ラジィは、くるりと一回転してジャンプをしてみせる。滑らか。
「順調!レニがいるとね」
「レニがいると?」
ラジィは両腕を振り、屈伸運動を始める。クロが足元に寝そべるニャーと鳴く。
「週3だから、いない時はたいくつ。だれかとかけっこできたらなー」
「そうだよね」
ラジィがリックにぴょんぴょんぴょん、と近づいた。くりっとした大きな翠の瞳が見上げる。
「リックおにいちゃん、レニに恋した?」
「えっ!!」
「あ、当たりだ!」
あったりー!と大ジャンプ。プロステティックの素足の踵が、15センチほど地面を浮いた。
「ラジィ、どうしてわかるんだい?」
リックは首の後ろを指で掻く。感情の機微が反射的に出る人間ではなかったはずだと自己分析。
「お兄ちゃん、レニの名前で耳が赤くなるんだもん」
「ははっ、まいったなー」
それはレニにも言われた。目も口も頬もコントロールできるけど、耳だけは丸わかり。
レニに言われる前は、7歳の時だったかな。耳が赤いって指摘されたの。
「お兄ちゃん、恋に落ちたの?」
「……うん、もう真っ逆さま」
僕、何か変わったんだな。
「真っ逆さまってどういう意味?」
リックはドームのスプリング・スカイを指差した。今日のウェザーは運量5のサニー。
「世界がひっくり返っちゃった。雲の上を走って会いに行きたいくらい、大好きってこと」


