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「ただいま、モリー」

「お邪魔します」

レニのアパート。リックは軽く会釈してからドアの境界を跨いだ。レニは身体を壁に寄せる。リックはあっ、と声を上げた。

「わあ!一緒に暮らしてるって言ってたの、ジュエレッタ?すごい」

明るい声で歩み寄る。彼の人格を思えば予想通りの反応だけれど、それが一般的には奇跡的な感覚だとも知っている。

レニはモリーの肩に触れる。モリーはレニを見上げてニッコリ。いつもよりも、お姉さんな表情に見える。

「モリオン・ガール。モリーって呼んでる」

リックは人間の女の子に対するように、控えめな距離で膝をつき、自分の胸に左手を置く。

「やあ、モリー。僕はリック。よろしくね」

モリーは黒水晶の瞳を瞬かせ、首を傾げてニコッと笑う。モリーが銅の右手を差し出し、リックは軽くその手を握った。



「リック。ウォーターはキウイ、ストロベリー、グァバ、どれにする?」

「グァバが気になる」

「私も。半分こしよう」

すっかり忘れていたけれど、この部屋は椅子が1つしかないのだった。

リックは窓枠に手をつき外を見ている。椅子を勧めても、多分座らないだろう。

「はい」

「ありがとう。あ、すごく冷えてる」

「私の冷蔵庫に、冷えていないウォーターはないわ」

「何本くらい入ってるの?」

「3ダース」

「冷蔵庫というか、水専用個室だね」

レニは、窓の下枠には本日はテーブル役を務めてもらうことに決め、リックの隣、窓枠に沿って壁にもたれた。彼は部屋の内側に身体の向きを半回転させ、窓枠に腰を預けた。距離感はカップ2つ分。

「そのカップ。僕も使ってるよ」

リックがレニのマグカップを指で示した。セントラルでのデートで買った、猫のしっぽのマグカップ。持ち手の茶色の縞模様を、指でなぞる。

「私も毎朝使ってる。あったかい紅茶を飲むようになったわ」

朝からお茶を用意することは、2日目で習慣になった。フードをチンする間にティーパックをポンしておけば事足りる。温かい飲み物で目が覚めるし、日中の身体が軽くなる。もっと前からやればよかったな、と思った。

「僕はコーヒー。レニ、このグラスは錫?」

「わかるの?」

リックに出したグラスは、以前ビゼンにもらったもの。フローライト・ガールの修理の破片を成型した、オパール・ガールの錫のグラス。

「錫は熱伝導率が高いから、冷たい飲み物が美味しく感じられるんだって」

「へー」

「それに、銀イオンで液体の雑味がとれるとか。……うん、おいしいような気がする」

ふんわりとした感想が楽しくて、レニはふふっと笑った。

「水が美味しくなるよ、ってくれた人が言ってたの。そういう理屈だったのね」

リックは、左手で持っていたグラスに右手を重ねた。関節の目立つ長い指。こんなに彼の手、大きかったっけ。

「大切な物なんだね」

うん、とレニは頷いた。このグラスは、アンやワカバ、地球の景色を思い出させてくれる。

「ボディーガードのお礼だって。日本の職人なの」

リックがああ!と声を上げた。抑制の効いた理性的な人だけれど、驚きや喜びに関しての感情表現は反射に近い。

「あ、だからレニは日本の昔話を知ってるの?」

そういうところが、彼と話すとホッとする理由の一つなのかもしれない。

「うん。地球に行った時、その人の孫娘に教えてもらった」

リックが少し身を乗り出した。カップを丁寧に置き、後ろ手で窓枠に両手をつく。

「レニ、地球はどうだった?動物はいた?」

「鳥を見たわ」

「何色?どこを飛んでた?」

「山の中。小さめだった。逆光でよく見えなかったけど、茶色かな?」

「鳴き声はした?」

「うーんと……。チーチー?」

「エナガかな?……すごいなぁ。地球には、野生の鳥がまだちゃんといるんだね。ほんとにすごい」

ピーコック・グリーンの瞳がキラキラしている。本当に動物が好きなんだな、とレニはグァバのウォーターを飲む。

「カエルもいたよ」

「カエルも!」

「それと、オンセンに入ったの。巨大な水のお風呂。こんなことが許されるの!?って、びっくりしちゃった」

リックは錫のグラスを持ち上げた。ごくり、と飲み込み、彼の瞳が少し遠くで焦点を結ぶ。

「まさに水の惑星だ。地球はすごいなー」

しばらく静かな時間が流れた。時々目が合い、ニコッと笑う。話すことがないわけじゃない。話すことが全てじゃないだけ。

「地球へ、ジュエレッタを配達したのよ。名前はアン」

すごい、星間配達?とリックが猫目を丸くした。

「ジュエレッタって、どうやって運ぶの?」

「歩行機能があれば、チケット買って客席よ。アンはきちんと歩く子だったから、ミスなく届けられたの」

「アンは、今はどうしてるの?」

「国際地球博物館で、案内係をしている。アンはアンバー・ガールなの」

「琥珀か。ナビゲーターにはピッタリだ」

リックがモリーに視線を送った。モリーは小首を傾げてひらっと手を振る。リックもモリーに手を振った。

「モリーのカテゴリは?」

「シング」

リックがヒュウ、と口笛を鳴らした。その後すぐ口元に手をやり、気恥ずかしそうな顔になった。レニはクスッと笑う。口笛くらい気にしないのに。

「リック。良ければ一緒に聞く?」

表情がぱっ、と明るくなる。

「ぜひお願い」

彼、歌も好きなんだ。


“Mory, Refill please.”


Mory stands and bows.


“Sure. Leni. Welcome to our home, Rick.”


“Thank you for your welcome, Mory.”


Mory smiles.

The right hand puts on the chest.

The lips open with humming.


“For the Retriver girl and the Abyssinian boy.”


'This number is Just The Way You Are.”

28_たったひとつの冴えたやりかた#04

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