タワービルのフードエリア、セルフサービスのハンバーガー・ショップ。白い内装が明るい。
レニはBLTバーガーとカフェ・オ・レ、リックはダブル・チーズバーガーとアイスコーヒーをそれぞれ選んだ。トレイを両手に、ウィンドウの近くの2人掛けの丸テーブルへ向かい合って腰を下ろす。
「いただきます」
「いただきます」
目があって、リックがニコッと笑う。向かい合って食事をするのは、なんとなく気恥ずかしい。決して嫌ではないけれど。
包装紙をガサガサ捲り、ハンバーガーを一口。トマトもレタスも水分が多く甘く濃い。美味しいなあ、と次の一口。
半分くらい無言で食べてしまった。向かいを見ると、リックも食べることに集中していてホッとした。レニはカフェ・オ・レを少し飲んで、話すために口を開く。
「リックは一人暮らし?」
リックは視線で頷き、嚥下してから口の端を親指で拭った。
「うん。レニは?」
「人間は一人よ」
リックの瞳がきらんと光った。
「あ、猫飼ってるの?」
「ハズレ」
「じゃあ犬だ!」
「それも違う」
「惜しい?」
「あまり」
「えー、なんだろう。鳥かなぁ?」
それともトカゲ?ヘビ?と腕組みをして天井を見て呟いている。そらした首の喉仏の影が濃い。
レニはカフェ・オ・レを半分以上ごくごく飲んで、少しだけ身を乗り出した。
「今度うちに来る?」
「えっ……、ええっ!」
リックが椅子から転げ落ちそうになって、レニは慌ててトレイを持ち上げ傾いたリックの肩を強めに支えた。
「わ、ごめん!ありがとう。え?うちって、レニの家?」
「そうだよ」
中途半端な体勢のまま石みたいに固まってしまったリックを見守ること5秒。はっ、とリックが座り直し、レニも彼の肩から手を離して元の位置に戻った。
「レニ、いいの?」
カタン、と避難させていたトライをテーブルに戻す。
「うん、いいよ。どうする?」
「行きます」
「ふふっ」
リックは俯き加減で頭の後ろを掻いている。耳が真っ赤。レニは指先で髪をくるくるし、枝毛を3本発見した。
「レニ。家族の話に抵抗ある?」
ハンバーガーを食べ終えたリックが聞いた。
「いいえ。むしろ興味深い」
こういう話を、控えめに始めてくれるのが嬉しい。レニの境遇からは切り出しにくい話題だからだ。
「僕の父さん、火星にいるんだ」
「へえ」
「母親は小さい頃に亡くなった。覚えていないしフォトもない」
本の朗読に近い淡々とした声には、身の上話をしている湿っぽさがない。返答や反応を待たずに話してくれる。不思議に心地良さを感じた。
「月病でさ」
「ああ。私の弟たちも、それで死んだ」
「そうなんだね」
「両親も多分それ。よく知らないけど」
「20年前から3年間。パンデミックで人口の15%が亡くなった」
「そうね」
リックがレニを見る。瞳がきれい。アビシニアンと同じ。吸い込まれそうに透明なピーコック・グリーン。
レニは、何かを話せる気がした。
「そんなふうに親を失った子どもが、6区にたくさん移送されたわ。ナオキもそう。ナオミも、ジェンも」
ナオキとナオミ。ジェン、コータ、クララ……。それに、アルとジョージィ。
「私たちみんな、1人のバーチャンに育ててもらったの。家族みたいに」
会えない人が何人もいることに、迂闊にもうるっと来てしまった。
アル。ジョージィ。ねえさんなのに、あの子たちの顔も本当の名前も、もうはっきりと思い出せない。そういえば、自分の名前も。
私って、どこかおかしいのかな。
レニは目を長く閉じてやり過ごす。大丈夫。まだ私には、すぐに会える人がいる。
瞼を開く。リックは目を伏せ、ストローの蛇腹を曲げたり伸ばしたりしていた。
2層に住んでるリックには、名前も苗字もちゃんとあるはず。
でも、私は彼の本当の名前を知らない。彼が名乗るまで、きっと知らないままだろう。
優しい人。嬉しいけれど、少し痛い。名前を無くしてしまったことが。
店内を眺める。真っ白に清潔な壁と床。アーティスティックな照明。整った服装の客たちが、控えめな声量で談笑している。
リックと目が合う。まっすぐな視線に配慮が見える。呼吸は静か。緊張はない。レニは深く息を吐く。うっすら手汗をかいていた。
私、今デートしてる。新しいワンピースを着て、向かい合って、本と動物が好きなかっこいい男の子と、ハンバーガーを食べている。
ーー僕は、何も知らないのかもしれない。
ーーそのことが、君を傷つけてしまうことがあるかもしれない。
大丈夫。私は誰にも傷つけられたりしない。
私はレニ。私は私。それだけよね。
レニは半分残ったハンバーガーに齧り付く。すっかり冷めているけれど、レタスもトマトもフレッシュで美味しい。
「リック、お父さんと最後に会ったのはいつ?」
リックがくしゃっと笑った。下がった眉尻が可愛い。彼はテーブルの上で指を組み、重心を前に傾ける。
「7歳の時。それから寮で暮らしてたけど、14歳から一人暮らし」
「へえ」
寮生活と聞いてしっくりくる。彼の物腰の柔らかさはそのためだろう。
「バイトをしているのはどうして?」
「父さんが学費と生活費を仕送りしてくれるんだけどさ、7歳のころから一定額で。教科書代が足りないんだ。向こうの暮らしも大変だろうし……。だからバイトしてる」
レニは、ハンバーガーの最後の一口をもぐもぐ噛んで飲み込んだ。氷の溶けたカフェ・オ・レは薄いけれど、冷たく美味しい。
「私も、14歳から一人暮らし」
リックがアイスコーヒーのストローを吸い、最後はズズ、と音がした。
「同じだね」
「うん」
「一人暮らしの初日の夜って、どうだった?」
「そっか、カーテンがいるのね、って気づいた」
「ははっ、僕と同じだ」
「……ふふっ」
リックが笑って、レニも笑えた。唇が少し震えた。


