—J&L Ice cream shop—
「あの仕事辞めたの」
ライトグリーンの筆記体がキュートなキッチンカーのパラソル下でジェンは言った。
「いつ?」
「2ヶ月前。あの家、また新しい子を買ったのよ」
どきりとする言い方。新しい子?
「買った?」
「宝石女よ」
「ああ、ジュエレッタ」
「そ。で、ラピちゃんを退職金代わりにもらって辞めたの。あたし。」
「クビってこと?」
「自主退職。限界だったし」
「辛い仕事だった?」
ジェンはアハハ、と明るく笑った。翳りのない、以前と同じ笑い方。レニは若干うるっときた。
「ぜーんぜん。奥様もぼっちゃまも、普通だったし淡白だった。あたしの境遇?に同情して、親切にしてくれた」
使用人の仕事はね、とジェンは続ける。
「第2層出身の、専用のバトラーがちゃんといるの。来客のお茶出しや、パーティの給仕くらいはあたしもするけどさ。あとはジュエレッタちゃんたちのお世話するだけ。3食コースの、最高ランクの衣食住。楽な仕事よ。でも、楽すぎたの」
ジェンは左腕を曲げ上げて、右手の指で二の腕をふにふに押した。
「3ヶ月で5キロ太った」
言われてみれば確かに、以前よりも面差しが柔らかくなった気がする。
「もーヤダ、あたしじゃない!と思ってさ。このままじゃブタになる!って思ってスッパリ辞めたわけ」
お腹のおニクがつまめるなんて!とジェンはオーバーリアクションで肩を竦める。レニは声を出して笑ってしまった。
そして、気になったことを聞く。
「ジュエレッタちゃんたち、って?」
ああ、とジェンのブルーの瞳が少し沈んだ。
「ジュエレッタ専用のサロンがあるのよ。今使ってる子以外を置いとく部屋ね」
栗色のポニーテールを指で梳く。
「6人のジュエレッタちゃんたちが、高級な家具……。本物の木よ?専用のテーブルがあって、綺麗な椅子に座ってんの。ぼっちゃまがゲストを案内して、そこでお茶やお酒飲みしながら、小難しい話をするのね」
「あたしは、その子たちがちゃんと起動するか朝晩確認するのよ。"Refill."って」
「1人ね。可哀想な子がいた。エルバイト・ガール」
レニはウォッチで検索する。
ホログラムで表示されたエルバイト・ガールは、ジュエレッタ・シリーズの中では小柄なデザイン。彩度の高い赤髪。毛先に向かう緑のグラデーションが美しい。
ジェンが、ホログラムの脚線を指差す。ふくらはぎのカーブが豊かで滑らかだ。
「エルちゃんのオプションは走る、なの。走るって言っても、部屋の中をぐるりと一周駆け足するだけ」
そんなとこ走るために作られたんじゃないじゃん?
「たまんないなーと思ってさ」
レニはホログラムをクローズした。
「あたしが辞めた後に、ラピちゃんがあの部屋で泣いてるの想像したらさ。もうね、いたたまれなくて。もらってきたのよ」
レニは、ジェンの隣りに佇むラピスラズリ・ガールを見た。ジェンと同じくらいの身長に、クリスタルのボディと、ラピスラズリのストレートヘア。ショートムービーで見た"ユキオンナ"に似たイメージ。
「すんなりくれた?」
「すんなりよ。あの人たち、いいことしてるつもりなんだ」
「いいこと?」
ジェンは口元を左右非対称に曲げて笑う。
「6区の女を救ったつもりなわけ。退職の手続きする時、新しい働き口をいくつも紹介してくれた。執事長がね」
レニは、ジェンの雇い主たちは案外いい人だったんだな、と自身の印象を改めた。ジェンのシアワセのために退職金としてジュエレッタを譲り渡し、次の仕事の口利きまでするというのは誠実だ。鈍感で独善的な思考回路だとしても。
「で、今はこうして、5区でアイスクリームのキッチンカーをやってる」
ジェンは作業員たちを眺める。6区の土建屋が何人かいる。
「あたし、今の仕事が好きよ。子どもが時々買いに来る。かわいいわ」
ジェンは両目を細めて優しく笑った。
「腹ペコも、喉が渇くのもヤダけどさ。施しで生きるのはもしんどいんだってわかった。善意のフルコースでブタになるのよ」
ブタってなんだろう、とレニは聞きそびれている。何かのドウブツ?
ジェンがラピの肩を抱き寄せぱちんとウインク。
「ラピちゃん、キレイになったでしょ?この子、笑うようになったの。故障かしらね?」
だとしたら、素敵な故障だわ。レニは頷く。
「ジェンもキレイ」
「ふふっ、ありがと。ラピちゃんのおかげかも」
ジェンはラピスラズリ・ガールの手を握る。
「あたしの話に泣いてくれる。同情でも憐れみでもなく、プログラムとして、反射で涙を流してくれる。それにあたし、なんか救われたの」
ジェンは前髪を掻き上げた。小麦色の額に汗が光っている。
「幸せになりたくて生きてるわけじゃないけどさ。ナオキといた時幸せだったって気づいた。だから、今も幸せだってわかる」
ジェンにつられ、レニも自然と笑顔になる。
「ラピちゃんは歩くの?」
「担いで運んでるわ。ラピちゃん軽いし、アパートすぐそこだし」
クリスタルの比重は2.65。銅は8.99である。しかしモリーは空洞部分が多いから、実際の重量にそれほどの差はないだろう。
「力持ちだね」
「あたしタッパあるから。レニ、アイスクリームどう?奢らないけど、値引きするよ」
今日のウェザーはサマー設定。アイスクリームが美味しいはず。
「じゃあ、メロン」
「コーン?スプーン?」
「コーンがいいな」
「かしこまり!」
かけ出すジェンのポニーテールを追いかけて、ラピスラズリの瞳がきらめく。


