「ごめん、レニ。長引いた」
「おかえり。問題ない」
14:30にナオキが戻った。
「はい、コーラ」
「サンキュ」
ボトルはよく冷えている。キャップをひねると、プシュ、と小気味良い音がした。
ナオキがレジ横のボトルクレートに腰を下ろした。彼もコーラを飲んでいる。
「ジュエレッタだった」
「へえ」
「フローライトの子」
「ほお」
「エメラルドちゃんといい、なーんか最近、因縁があるな」
レニは誰にも、モリーのことは話していない。ナオキに他意はないだろうが、レニは内心どっきりだった。ナオキとナオミくらいにはいつか話そう。そのうち。多分。気が向いたら。
「で、割れててさ。ヒビくらいの深さだけど」
「どこが?」
「顔。額から顎。右目は粉々」
「うわ」
「左目は開いたままで、再起動で動かなかった」
スプラッタな連想に、レニは顔を顰めた。ジュエレッタは知性も感情もない工芸品だとわかってはいるが、だからこそ胸が痛む。ナオキも似た心境らしく、下がり眉で口を曲げた。
「直すにしても、僕には無理だ」
ナオキは腕のいいメカニックだが、宝石加工は専門外だ。
「ムーンライト・ストーンへは?」
ジュエレッタを製造販売している宝石店。通称"月の石"は、6区イースト8シティビル街の一画にある。
「帰りに寄って聞いてきた。210モニカってバカ高い修理代。新品を買う方が安い、まである」
モリーが280モニカ。新品で安価な物は200を切る。
1モニカ10万エンのEEDの通貨に換算すると、2100万エン。
家と車と4人分の第1区滞在ビザが買える。
「店主は直したがってたけどな。この店にそんな金ないよ」
そんな金額で中古の宝石女を修理し所有する人間は、第3層には1人もいない。
「レニは、今の仕事どんくらい?」
「3年目」
「へー。なんで?」
「やめる理由はないし」
「そうじゃなくて、なんで今日来てくれたのかなって」
レニが首を傾げ、ナオキは瞳をぐるりと回した。彼の瞳は鳶色だ。
「こないだのキャンディ・バーもそうだけど。僕やねーちゃんが頼む仕事、安いだろ?あっちに比べりゃスズメノナミダだ。馬鹿らしくならない?」
「毎日依頼があるわけじゃない。派遣だし」
レニはコーラを煽る。シュワシュワとした黒い液体は砂糖と添加物があまりに濃くて、冷たくなければとても飲めない。
「殺しの依頼なんて、たまにだよ。3ヶ月に1回あるかないか。荷物運びや清掃業務、誰かの代行が月に10回くらい不定期にあるだけで、それはそんなに稼げない」
ナオキもコーラをごくごく飲んだ。結露が彼の腕を伝う。
「それでも、暮らしに困る給料じゃなくない?いつもレニは働いてるだろ?選り好みせずさ。不思議だなーって」
「仕事を選んでないわけじゃないけど」
コーラが空になっていた。軽く握ると、ボトルの赤いロゴが歪む。
「旅行資金を貯めてるんだ」
「へえ。どこ?」
「地球」
「あー、納得。そりゃ金がいる」
空のボトルを放り投げる。壁際の屑籠にイン。こういう遊びを、小さい頃によくやっていた。
レニは立ち上がる。
「コーラありがと。帰るわ」
「今日はサンキュー。報酬は1時間以内に振り込むよ。また頼める?」
「仕事がなければいつでもどうぞ」
「了解。またな、レニ」


