「やあ。今日はよろしく」
リニアカーの扉から現れた男は、開いた右手を差し出した。レニは自身の右手をズボンではらい、それに合わせる。
「ロバート・ブラウン」
「レニ」
第1層第2区ステーションロータリー。依頼人との対面。ロバート・ブラウンは気さくに微笑み、大きな歩幅で歩き出した。レニは彼の右に並ぶ。
「6-EW駅からは車?」
「そんなに遠い?」
「直線距離で2キロメートル」
「歩こう。ほら、スニーカー」
ブラウンは右脚を軽く上げた。おどけた仕草に、レニの頬が若干緩む。ブラウンが上目遣いにレニを見た。
「不思議そうだね」
「はい」
「おそらく、君はこう思っている」
改札を通過。ウォッチの点滅。プラットホーム。ダイヤのホログラム。遠景の発車ブザー。
「この依頼人は、お金持ちには見えない。報酬は大丈夫なのか?」
2秒沈黙。乗車アナウンス。
「あまり当たっていませんね」
「おや」
トローリーの扉が音もなく閉まり、発車する。
「どうして自分で買いに来るのかが不思議です」
座席の通路側でレニは聞いた。
「娘の誕生日プレゼントなんだよ」
「6区ですよ」
「そこに店があるからね」
「危険では?」
「だから君を雇った」
ウェリントンの眼鏡の右眼がウインクする。
「買い物に付き合って、家まで届けてくれたら終わり。健全な仕事だ」
「なぜ私?」
「娘が喜ぶと思って」
「?」
ブラウンは眼鏡の縁を節くれだった人差し指で持ち上げた。
「家に着いたら、小一時間くらい娘と話してもらえると嬉しい」
“You are a girl.”
カーの言葉を思い出す。なんだ、そういうこと。
車窓の景色はトンネル内部。通過していく等間隔の暖色灯。先に進んでいる気がしない。
「いつも1人で、話し相手がいない子なんだ」
「私でよければ」
ガラスに映るツーショットは、ロマンスグレーとブロンド。瞳の色は同系色。
6区DEエリア居住の親子に見えなくもない。


