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[Kate_These Days] Lost Cat#05

水曜日17:00
A層グリーン家エントランス。

「リックくんは、ホワイトさんに引き抜かれたのかい?」
グリーン家当主のラフル・グリーンの第一声である。お屋敷の玄関入ったエントランス。
「え?そうなんですか?」
ケイトは、キャップを外し疑問系で応えた。ラフルはうん、と大きく頷く。
「ほら。子供の家庭教師をしているだろう?」
「みたいですね」
腕の中のアビーを、とりあえず抱え直す。
「何度か猫を探させてスカウト、っていうのが、あの家の常套手段なんだ。やられたなあ」
ラフルは、30代半ばの中肉中背の小柄な男性。色素が濃く、顔の彫りは深い。パーツを中心にぎゅっと寄せたような、そんな顔の作りをしている。全体的な印象としては、密度が高くてぎらぎらしている。今日はノーネクタイの、ネイビーベスト姿だ。シャツの片側に皺がある。昼寝中だったのかも。
ケイトは片膝をつき、アビーを床に降ろした。
「アビーはこちらです」
「ああ、ありがとう。早かったね」
「恐れ入ります」
アビーが、ぐーんと背伸びをしてからニャアと鳴いた。後ろ脚で首を掻く。
「華やかで有能で、君も、とてもいいんだけどね。しかし、やっぱりリックくんが良かったよ」
なんというか。ここまで率直だと、怒りや呆れを通り越して逆に面白い。この家の依頼はこれで3回目。自分でいうのもなんだが、ノーミスかつクオリティの高い、非の打ち所がない仕事ぶり。
ということは、仕事の遂行能力以外に、なんらかの評価項目があるわけだ。
「それって、どのへんが理由なんですか?工学部?ルックス?それとも性別?」
お金持ちを何件も見てきたけれど、受ける印象は、一番金持ちらしくない。ギラついていて忙しない。注文が多くてチップを値切る割に、猫の故障分の手当てはポン、と出す。
ラフルはピン、と右手の人差し指を立てた。
「成し遂げる人間だと思ったんだよ」
「成し遂げる?」
「そう。世界を変えるような何かをね」
ラフルは腕を組む。仁王立ち。貴族のご当主というより企業家っぽい。
「土木は、研究成果が目に見えて社会事業に還元される。容姿もスター性がある。社会的に成功すれば、メディア映えして話題になる」
なるほど。"医学部か工学部の美形じゃなきゃヤダ"には、一応理屈があったのか。
「うちがセントラルの学生を指名するのは、慈善でも趣味でもない。家名のための先行投資だ。いくら金を持っていてもね。結果がきちんと出るものにしか、1ルカたりとも出したくはない」
要するに、セントラルの青田買いがしたいわけだ。リスクはお金。リターンは名声。それなりにWin-Winなやり方かもしれない。
「リックくんは、いかにも理想がありそうな、理系の若者だったろう?是非とも支援したかったんだが。チップは受け取らないし、食事もノー。そして、辞めてしまった。しかもライバルのホワイト家に取られてしまって、私はとても悔しいよ」
ん?これはチャンスかも?
というか、大チャンス!
「リックくん、6区に川を作るんですよ」
「は?6区に?川?水の?」
「はい。当面、6区の衛生問題を改善する一助になります。先々では、インフラ整備、官営職の見直し、ムーンバレーの生活改善そのものに繋がるプロジェクトです」
「ふむ。して、どうやって?」
お。いい感触。
「リックくん、水源装置作ってるんです。理論はちゃんとしています。学会で何度か発表してますし、他惑星の企業コンテストでも受賞経験があります」
「いいじゃないか。どこまで進んでるんだ?」
よし。ここだ!
「スポンサーがまだいなくて。お金がなくて、装置の開発に手こずってます」
「なにい!?スポンサーがまだいないだって!?」
ケイトはラフルの苔色の瞳に、豪速球ストレートの視線を送り頷いた。
「はい。地道にやっても35年後には実現可能な研究です。リックくん、その開発費用捻出のためにバイトしてたんですよ。
資金があれば、3年後には形になります」
ラフルは顎を引いてぐ、と口に力を入れた。
「君。うちがトップ・スポンサーになる」
ケイトは45度の礼をする。大成功。スポンサーをゲット。
面倒で嫌な客だと思っていたし、今でもそれは変わらないが、今日の対話で親近感はかなり湧いた。
この人のお金の使い方は、理由はどうあれ誰かの未来に向かっている。今日の贅沢のためじゃない。
「ありがとうございます。今度、リック……、キンドレッドと、契約書を持って伺います」
でも、リックくんじゃなけりゃ、ここまで気前よく出さなかったろう。カリスマ性ってやつだな。本人は無徳着だけど。
「1日でも早く頼む。今度こそ、ホワイト家に先を越されてなるものか!」
アビーが柱の影でニャーン、と鳴いた。ケイトは駆け寄り捕獲、ラフルの胸に押し付ける。
「アビーはこちら。それでは、失礼します」
「待ちなさい。君のフルネームは?」
踵を返すと呼び止められた。ケイトは振り向く。
「ケイト・スコットです」
「スコットくん、君は医学部だね。研究は?」
「玄関先で話すには込み入っていますので。またの機会に」
ラフルが猫を抱いたまま、片手の腕でエントランスの奥を示した。
「この後、予定があるかい?話を聞きたい。お茶でも飲んで行かないか?」
「では、お言葉に甘えて」

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