top of page
< Back

7.5_採用面接#03

「ジェニファー。どうしますか?」
「15分だけ時間をください」

ジェンは、面接の後、クリーム色とブラウンを基調とした一室に通された。4人掛けのテーブル席に、執事長のジャン・レイと向かい合って座っている。
「いいですとも。日を改めてもいいですが」
「今じゃないと、多分断る」
室内にあるのは、木製のテーブルセット。ソファ。チェスト。ジュエレッタ。
「ジェニファー。私なら、断ります」
「……ですよねぇ。でも、ジャン様は執事をされている」
「そうですな」
「どうしてですか?」
「成り行きです」
「私も、成り行きで決めたいんです」
「そうですか」
ジャン・レイはテーブル上の電子ウィンドウを小さくした。雇用契約書、賃貸契約書、口座登録書、戸籍登録書、各種保険の申込書。
あたしは今日、これが欲しくてここにきたはず。名前と仕事と住むところ。2人分の命の保障。
なのに、今。絶対やだって思ってる。
泣く女の隣で、綺麗な服着て知らない人に不幸な話をするだけだ。
別にいいじゃん。減るもんじゃなし。
そのうち慣れるよ。
トリルだって、そのうち慣れたし。
見られて稼ぐ。同じ事だよ。
……って、割り切れたらなあ。
「彼氏は、今日のことを知っているのですか?」
ジャン様の声。顔を見る。瞳の色は灰色なんだ。静かな目。
「内緒。……私、ここの仕事が決まれば、……彼と別れようと思ってて」
「なぜですか?」
「……今話したら、泣いちゃうかも」
「あっちを向いていますゆえ」
クスッと笑えた。うん。心はほとんど固まった。
「……あいつ、昔から怪我いっぱいして帰ってくんの」
「ほう」
鼻の奥がツンとする。いいよね。最後に一回くらい泣いたって。
「理由は、色々あるけど。この半年くらいは、あたしのせいで何度も危ない目に遭ってて」
ジャン様が片眉を上げた。
「それは、どういう事情ですか?」
「あたし、綺麗じゃないですか」
「はい」
また、クスッと笑えた。とんでもない仕事だけど、ジャン様がいるなら、あたし、なんとかやっていけそう。
「観光客とか、上の人とか、そういう、お金をいっぱい持ってる人が、暇つぶしの愛人探しに、6区にちょいちょいくるわけです」
「なるほど。ジェニファーは目立ちますな」
「うん。背が高いから、頭いっこ飛び出ちゃう。顔が見えるの」
昔から、見られることには慣れてる方。だから、通勤の時間やルートを工夫してる。4年もいると6区にはそれなりに馴染んだけれど、安全って意味じゃない。
「道では声を掛けたりしない。ちゃんと調べて、家まで来るのね。彼氏がいない時間帯に、指輪とかネックレスとか、どこかの惑星の権利書とかを持って。門前払いで断るよ。家に入れない。お茶も出さない」
グスッ、と鼻を啜る。ジャン様がどこからともなくトーションを出した。正確無比な16分折り。ありがたく受け取る。
「そうやって断るんだけど、何か勘違いするの。男がいなけりゃ付いてくる、って」
あたしの知らないところで、あいつ、ずっと体張ってたんだよなあ。
「私、ここの面接に彼の服をちょっと借りようと思って。こんなのしか持ってないから」
ジェンは、自分の服の肩のあたりを少し摘んだ。黄色のサマーセーター。家にあるので、一番地味でまともなやつ。それでもちょっとカジュアルすぎる。
「襟がある服で、なんか地味なのないかなーって探してたの。白いのあった気がするけど、貸し出し中だったのかな。見当たらなくて」
ぎゅ、とトーションを握る。お店のやつより薄くて白くて、糊がパリッと利いている。
「箪笥の中身、ひっくり返して全部見たんだ」
「ジェニファーは、何を見つけたんですか?」
ジャン様が聞く。あたしは目を閉じる。目を閉じたままそれに答える。
「襟が焦げて穴開いたやつが、一番下に仕舞ってあった」
しいん、と音が遠のいた。耳の中に鼓動が聞こえる。
「もう着ないのに、捨てないんですな」
ーーいつから、ここにあったの?
「彼、物を大事にする人なの。傷がついても汚れが取れなくても、いけないことに使っても、簡単に捨てたりしない。そこが好き」
ーーなんで、あたしは気づかなかったの?
「とても優しい男です」
ーーそんなの決まってる。
「すごく。あたし、あいつと一緒に暮らしたかった」
ーーあたしに、心配掛けたくないからだよね。
「ジェニファー。その襟の穴は、どのくらいの大きさでしたか?」
不思議な質問。映像記憶を引っ張り出す。
「1センチくらい?3つ空いてた」
「なら弾倉式銃。他惑星のVIPですな」
「ジャン様、そんなのわかるの?」
「発火の危険があるので、月では所持できません。手荷物のセキュリティ・チェックを適用除外する財力がなければ無理でしょう」
「そっか。じゃあ、エメラルドを持ってきた、車椅子のおじいちゃんかな」
「ああ。有名な方です。腕輪でしょう」
「そうよ」
「彼は、よく生きてましたな」
「たまたまだよね。運が良かった」
ジェンは机に肘をつき、自身の額を両手で支えた。頭が重い。きっと、思い出のせい。
「あいつがケンカ強くても、いつも避けられるわけじゃない」
ぽた、と涙が机に落ちた。
「いつもみたいに、行ってきますって家出てって」
ぽた。
「……帰ってこなかったら?」
ぽた、ぽた。ずずっ。
「帰ってこないだけじゃなくて」
グスッ。ぽた。グスッ。
「身体も見つからなかったら?」
ぽた。ああ、もう駄目かも。
「……お葬式もできないじゃん」
涙がどうしようもなく溢れてきて、机に突っ伏した。しゃくり上げるたびに背中が痙攣する。顔、多分、化粧がぐしゃぐしゃ。目が腫れちゃう。今日の夜も仕事があるのに。
ジャン様は、何も言わずに何もせずに待ってくれてる。あっちを向いているのかな。
この人も、何かを振り切ってここに来た人なのかもしれない。
何分くらいかわからないけど、涙が止まって顔を上げた。ジャン様はあっちの方を向いていた。
「ジャン様、ありがとう」
くる、とジャン様は身体と顔を戻した。視線が一度上下する。
「ジェニファー。結局、彼のシャツは着てきませんでしたな」
「……箪笥の中身、全部ド派手な柄シャツだもの」
「ああ。返り血を誤魔化すためですか」
びっくり。その通り。
「ジャン様、理解が早いのね」
あたしが発見すると、ナオキはそこにショーユやソースを溢してた。隠蔽工作がバレバレなのよね。
「私は昔、ポンプをやっておりました」
ジャン様が、パチッとウィンク。第一印象より、ずっとお茶目なおじーちゃんかも。
「あ、そーなんだ。納得。私の友達もポンプしてる」
「いつから?」
「えーと。3年前です」
「それは、とびきり腕がいいですな」
「やっぱりそっか。ほとんど死ぬのね?」
「はい」
死ぬってことは、特別じゃない。
生きてることが、特別なんだ。
「ジェニファー。決めましたか?」
一緒に暮らして死ぬよりも。
別れて生きる方がいい。
「はい。私、ここでお世話になります」
深く頭を下げる。1、2、3秒。
顔を上げる。ジャン様が白手袋を取った右手を差し出す。
「今日からよろしく。執事長のジャン・レイです」
「ジェニファーです。よろしくお願いします」
その手を握る。大きな手。皮膚が硬い。元ポンプだもんね。
レニの手も、触ると硬いんだろうか。
「いつから来られます?」
「日を追って連絡します。1週間以内には」
「わかりました。制服と、Cエリアに住まいを用意して、お待ちしています」
「はい」
ジェンは立ち上がり、室内を見回す。7体の宝石女がそれぞれの場所で座っている。
さっきの青い泣く女も、壁際の席に座っていた。こっちを見た。綺麗な瞳。涙で濡れたら、星の光が瞬くだろう。この女の名前は……。

ーーラピスラズリ・ガール

あたし、この子と同じになるのか。
ならもう、絶対泣くもんか。

bottom of page