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36_虹色レイヤー#06


「ライカ、紹介する。エリジウム・リバーに参加するケイト先輩」
「ケイト・スコット。医学部生命科学科8回生」
「ワタシ、ライカ・ベルカです。工学部物理工学科です」
水曜日12:15の学食。窓際の4人掛け席、思い思いの昼食を前に窓側奥から時計回りでライカ、リック、ピッポ、ケイト。初対面のライカとケイトが隣同士で握手と自己紹介をした。
「よろしく、ライカさん。論文を読んだことがある。感動した」
「アリガタキシアワセ」
「6区にボーイフレンドがいるって、あれ事実?」
「単刀直入だなー」
「ケイト先輩だからね」
ライカはこくんと頷いた。3束垂れた前髪が、動きに合わせてぴょこんと揺れる。
「ハイ。デートを6回。とても順調」
「ほー!へーっ!え、どんな人?」
リックはなんとなくピッポを見た。目が合った。うん。だよな。
ライカがナオキと付き合ってるのは知っているけど、2人でいるとこ見たことない。パーティの時も、席が遠くてほとんど話してなかった気がする。
ライカのトークは、個性派揃いのセントラルでも独創的で切れ味鋭くかなりシャープ。一方のナオキは豪快軽妙聞き上手ではあるけれど、言葉は素朴で自分に関してシャイで口下手。
ライカとナオキが普段一体、どんな話をしているのか、ものすごーく気になる。
ライカ、ナオキのことをどんな風に話すんだろ?
「明るく穏やか。ガチのメカオタ。Cool Japan。作業着姿がセクシーです」
「「おお〜」」
「作業着?何してる人?」
「セカンドショップの店主です。掃き掃除とメンテナンス、コーラの補充がルーティンです」
「先輩知ってます?ほら、"誰かの店"」
「ああ。観光マップに載ってる、あの?」
「ライカの彼、レニの幼馴染なんですよ」
「へえ、レニさんの。おおらかそう」
「すごい男前っすよ。で、世話焼きなのに自然体で恩着せがましくなくて、頼れるアニキって感じっす」
「僕、この前チャーハン作ってもらって食べた」
「あ、リックいいなー」
ライカがずいっと身を乗り出した。
「リックくん。具は何ですか?」
「なんだっけ?丸いやつとネギ」
「チクワですね。ワタシはカマボコとタマゴのヤキメシをいただきました」
「チクワ?カマボコ?」
「ネリモノです」
「ライカ、ドヤ顔」
「ハイ。ノロケです」
きらーん、と擬音。ライカがメガネのポーズをした。そういや、ピッポが言ってたダテメガネはどうしたんだろう。僕、見たことないな。
ケイトが軽やかに笑った。にっこり笑顔。全人類のお姉さん、って感じ。
「なーんか、幸せそうでホッとした。ライカさん、大学でなんかあったら私に言いなよ」
「これは頼もしい。ケイトセンパイ、オセワニナリマス」
「でさ、水源装置のことだけどね」
「話はやっ」
「ケイト先輩だからね」
「スポンサーを見つけてきた」
「行動はやっ!」
「え。どこですか?」
「グリーンさんとこ。話の流れでとんとん拍子」
「あ。先輩がアビーの今の担当ですか?」
「そ。面と向かって、『リックくんが良かった』って言われたよ」
「うわぁ。なんかすみません」
「ピッポくん。何の話ですか?」
「サーチャーのバイト。ケイト先輩は、リックのバイトの元先輩」
「なるほど。グリーンさんはオトクイサンということですね。それがどうして?」
「まずね。セントラルの医学部か工学部の美形しかやだ、って客なの」
「うわー……」
「モンスター・カスタマーです」
「そ。理由はわかる?」
「この子はうちが育ててあげた、みたいな自慢話がしたいんじゃないっすか?」
「ピッポ、ビンゴ。『リックくんは、いかにも理想がありそうな理系の若者。土木は社会還元が早い、支援をしたかったんだがねえ』って」
「なるほど」
「チップもお茶も断るし、取り付く島がないってさ。だから猫の故障直さないんだよ。ハプニングでクレーム入れて、なんとか君と話したいんだね」
「あの急シフト、そうだったんだ。臨時収入になって助かりましたよ」
「当の本人これだもんね」
「ノレンニウデオシ、ヤナギニカゼ」
「君の川のこと話したら、トップスポンサーでいくらでも出すって言ってた。3層のインフラ整備の支援は、イメージアップにもってこい」
「オタメゴカシです」
「ライカ、日本語に詳しいなー」
「ハイ。勉強中です」
「リックくん、そういうことだけど、どうする?グリーンさんは癪に触るとこあるけど、お金の使い所はそこそこ真っ当に思えるよ」
「ぜひ。バイトでお世話になったし、僕としては頼みやすい」
「じゃ、早めに契約書作って。今度一緒に持って行こう」
「3日以内に用意します。先輩から、グリーンさんの都合がいい日曜日を聞いてもらえますか?」
「了解」
ケイトがフォークを手に取った。下級生3人も、それぞれハシとスプーンとフォークを持ち上げる。今日のランチは、ケイトは明太子パスタ、リックはきつねうどん、ピッポはサバカレー、ライカはロコモコ丼である。リックは麺をずずっと啜った。話し込んでいる間に湯気は消えていた。少し伸びたが、ふうふうしなくても食べられるのはナイス。
「でさ。プロモーションの話。ちっこいメカをちまちまやっても専門以外に伝わらないでしょ?パッと、ガッと、ババン!とエリジウム・リバーをアピールしようよ。グリーンさんなら派手なエンタメ食いつくよ」
そういう発想はなかった。リックはケイトに深く頷く
「なるほど。ケイト先輩、具体的には?」
「私ね、一つアイデアがある」
ケイトが、フォークを上に向けた。三又の先がくるくるっ、と円を描く。
「縁の海のウィルオウィスプ、って怪談、知らない?」
ライカがワオ、と声を上げた。
「ワタシは存じ上げています。縁の海に鬼火が出るっていう。異星では有名な逸話。ごく稀に、星間シャトルの窓から、発光体が見えるという」
ヘーゼルの目がキラキラしてる。へえ。ライカ、こういう話も好きなんだ。ナオキと気が合うの、なんかわかる。
ケイトはライカに頷いた。
「そう。私は実際それを見た。6歳だったけど、覚えてる。見間違いや怪談じゃない。物理現象」
オカルトじゃなく物理現象。最近どこかで同じ話をした。あれはーー。
ーーフローラもそう。フローライトは、加熱しないと光らんぜ。
「ケイト先輩。それって、もしかしてジュエレッタですか?」
ケイトが両目を丸くした。
「お、話が早い。リックくん、気づいてた?」
「はい。友達のジュエレッタ、涙を流す」
「あ、ラピさんのことか」
ピッポが5回頷いた。
「ピッポくん。ラピさんとは?」
「ジェンさんのジュエレッタさんだよ」
「ほう」
ケイトが口の端をにいっと上げた。知的な光が瞳に集中。学会の質疑応答で滅茶苦茶に手強そう。とリックは頭の端っこで思った。
「鬼火の正体は鉱石発光。アダマイト・ガール。ジュエレッタシリーズのナンバー一桁。カテゴリ”サイレント・クライ”」
「先輩、詳しいですね」
「卒論の章で取り扱った。AIテクノロジーだけでは説明できない物理現象がある。浮いたりね」
「浮く?反重力装置?」
「そういう感じでもないんだよ。ま、これは今関係ないから」
「おお。脱線回避」
「brilliant.」
ケイトがフォークをトレイに置いて水を飲む。パスタは空になっていた。隣を見ると、ピッポもカレーを平らげている。ライカの器を見ると半分くらい残ってて、リックは少し安心した。
「私たちが知ってるだけでも、2体が水を生成できる。他にもいるんじゃないかと思って」
ケイトが、テーブルに身を乗り出す。リックは食事の箸を止めて背筋を伸ばす。
「水を出せるジュエレッタで、プロモーションができないかな?民間に注目されれば、リックくんの研究にお金が出るし、色んなサポート受けられるよ」
「ジュエレッタのお店に、先輩は行ったことがあるんですか?」
リックの問いに、ケイトは首を左右に振った。
「ない。お客じゃなければ一見さんはお断り、って言われた」
今度はライカが身を乗り出す。リックは、ライカに顔を向ける。
「リックくん。ナオキさんに相談しては?」
「うん。今、思った」
ケイトが隣のライカに半身を向けて口を開く。
「ライカさんの彼、何歳?」
「18歳です。17歳から"誰かの店"の店主です」
ケイトがふむ、と頷き、リックとピッポを順に見た。
「大学だったらやっと卒論のこと考え始めるくらいの時期。観光都市のシャンティ・タウンにしたって、18歳でお店構えてやってるの、若すぎるって思わない?」
初対面で名刺を貰って、次に会った時にはお店だったからその印象がスタートで、ナオキはもうずっと、1人でお店をやってるんだと思ってしまっていたところがある。
「確かに。仕事してる人たち、みんな若い」
6区の街を歩くとわかる。若者ばかり。オヤカタやコンビニの店主みたいな人ももちろんいるけど、街の現場の働き手は、10代20代の割合が高い。
ケイトが一度、テーブルに視線を落とした。やがて、ライカ、リック、ピッポの順に目を合わせてから口を開く。
「うちの教授、3層の生活実態を半年前に調査した。私もそれにくっついて、色々聞いて回ったよ」
ショックなことを言うかもだけど、と前置きをしてケイトは言う。
「6区の、平均寿命は38歳」
しん、とテーブルの全ての音が数秒止まった。
38歳って。僕の父さんより3歳も若い。
いや、違う。あくまでも平均。長生きしてる人もいる。現実の年齢分布は、きっと、もっとずっと……。
「知らなかった……」
ごく、と唾を飲み込む音が、他のみんなに聞こえただろうか。
ケイトは自分の両肘を手で握る。背もたれに身体を預け、脚を組む。ローズの瞳は机のどこか一点を見つめている。
「官営職なら平均22歳だよ。ポンプとバルチャーは一番低い。18歳」
血の気が引いた。
18歳、って。
レニは、出会う前に死んじゃってたのかもしれない。
視界が一瞬真っ白になり、次に激しい頭痛がした。リックは左のこめかみを押さえる。ゆっくりと瞬きを繰り返している時、向かいのライカがぼんやり見えた。人形みたいな顔だった。
「ムーンバレーの平均寿命は57歳。上層階は62歳。セントラルの大学教授は102歳」
ケイトの声。とても静かで、頭痛が少し和らいだ。
「命の残余に、これだけの格差がある。同じ人間なのに、だよ」
金の睫毛が、頬に深い影を落とした。リックはケイトの顔を、あまりじっと見た事がない。不躾な視線は失礼だと思ったし、最近になるまで、座って話したことがなかったからだ。
「理不尽だろう?こんなの、絶対におかしい」
ーー私も生き物好きなんだ。
「ジュエレッタを調べよう。人とお金と科学技術で、35年をガンガンショートカットしよう。10年切ったら、世界が変わる」
この人が電気猫を追いかけていたのはどうしてか、今頃やっと腑に落ちた。
「ケイト先輩、頼りにしてます」
ケイトが微笑む。三日月みたいに細い目で。
「未来の医者として協力する。スクラム組んで頑張ろう」
この人きっと、人間のことがそもそも心底好きなんだ。嫌な奴でも変な奴でも、そんなもんだと思えるくらい。
「6区の命の時間を変えよう。君たちが、大切な人と今より長く暮らせるように」
ピッポも、ライカも、リックも深く頷いた。

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