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36_虹色レイヤー#04

月曜日12:10の学食。

リックはピッポと4人掛け席の対角線の位置に座り、冷やし中華を食べていた。本日のおすすめで3割引き。なのでピッポも同じメニュー。マヨネーズの有無が相違点だ。初めて食べるしとりあえずリックは何もかけずにそのまま味わっているが、なんだかやけに美味そうである。
マヨネーズ、僕も今からかけようかなあ。
「よっ。後輩くん」
「あ、ケイト先輩。こんにちは」
ケイトがテーブル横に立っていた。私服姿を初めて見る。ラインが赤の白いトップス、インディゴジーンズ、小さなピアスとネックレス。バイト着よりもスタイリッシュで大人っぽい。
「おい、リック!誰!?」
ピッポがリックの方に身を乗り出した。リックは、右手でケイトを示す。
「バイトの先輩」
「元だよ。リックくん辞めちゃったから」
ケイトは、ピッポの隣にトレイを置いて腰を下ろした。リックの正面。ランチのトレイは、Aランチの洋定食。今日はチキングリル。
「大学でも先輩ですので」
とりあえず会釈する。大学内での3歳上は、学問の深度も社会的位置もかなり違う。
「お。意外と体育会系」
「こいつ、寄宿舎工業なんすよ」
ピッポが横から付け加え、ケイトが顔を向けて頷いた。
「後輩くん工業組か。男の縦社会まっしぐら。君は?」
「俺は平穏を愛するプラント組っす」
リックは2枚のトレイの上に腕を伸ばして、ピッポをケイトに右手で示した。
「先輩、友達のピッポです。工学部電電」
「あ、フィリップ・ブライアントです。ピッポで」
ん?なんか違和感。なんだろう。……まあいっか。食事を再開したいけど、先輩が食べ始めてからにしよう。冷やし中華の麺って伸びるかなあ。
「よろしくピッポ。ケイト・スコット。8回生。医学部生命科学科」
「うお。医学部最高学年」
「早速本題」
「話はやっ!」
「ケイト先輩は、話も足も速いんだ」
ケイトがははっ、と笑って頷く。相変わらずの、姉御肌のからっとした理系思考。
担当エリアが違うしシフトも被らないのでずっと話すことはなかったけれど、3年前にバイト始めて、右も左もわからない時、親身になってよくしてくれた。
辞める時に、ケイト先輩には出向いて挨拶すべきだったな、とリックは反省した。
ケイトが重心を前に傾けた。膝に手を置き言葉を待つ。
「君たち6区に川作るの?私も仲間に入れて欲しい」
おおっ、とピッポが仰け反った。
「すげー。単刀直入」
「それ、すごく助かります。ありがたいけど、ケイト先輩、今更なんで?」
「掲示板何ヶ月も見てんのにって?ま、食べながら話すよ」
ケイトが、いただきます、と手を合わせ、付け合わせのサラダの小鉢を手に取った。リックとピッポは食事を再開する。麺は少し伸びていた。
「そりゃ、君。レニさんと話したからだよ」
「レニさんと!?」
ピッポが食いつく。そ、バイトの途中でばったり、とサラダを食べつつケイトは答える。
「先輩、レニと川の話を?」
ケイトはピシッ、とミニトマトを突き刺したフォークの先をリックに向けた。
「いーや。君の話だよ、ミスター・リック」
「ケイト先輩楽しいなー」
「サンキュ、ピッポ。で、なんでかとゆーとだな」
「「はい」」
リックとピッポは背筋を伸ばす。ケイトがにっこり笑ってリックとピッポを順に見た。
「もうさ、めっっっっちゃくちゃ、いい子。感動した。果報者だねー、リックくん」
「おおっ……!わかる……!」
「へへっ。はい」
ケイトはチキンを切り分け3切れほど続けて食べた。リックとピッポも残りわずかの冷やし中華に取り掛かる。
「聞いたら、6区の女の子じゃん。学食の噂なんか聞き流してたけど、ドラマチックな恋愛してんだあ、って。感動その1」
「「その1」」
「で、彼女、もう君のことが大好きなんだ。こんなに美人でしっかりしてて性格いい子がなんで?って私信じられなくて」
「うん。わかる」
「リック。前半は同意だが、後半はそれでいいのか?」
「僕も時々、信じられないくらいだから」
「ゾッコンだなー。ま、わかるけども」
ケイトがロールパンをちぎりつつ、ふっふっふ、とほくそ笑んだ。
「私、リックくんのどこが好き?ってレニさんに聞いたんだ」
「え、それまじですか?」
「まじだよ。聞きたい?」
「「はい」」
リックはごく、と唾を飲み込む。ケイトの右手が翻る。
「『私にとても優しいの。あと、見たことないけどすごく強い。一回手合わせしたいんだけど、彼がいいって言ってくれない』って言う。素朴でびっくり。逆に嫌いなところは?って聞いたらね」
「「ごくっ」」
「『うーん、思いつかないわ。かっこいいし可愛いもん』って」
……。
…………。
…………好きだなぁ。
「………………えっと」
「あ、照れまくり中」
「あはは!いいなぁ、素朴で素直。これが感動その2ね。んで、感動その3を話す」
リックは、ピッポと目が合い、うん、と頷く。大事な話だ。心して聞こう。
「言い方あれだけど、2人はセントラルと6区でしょ?階層違いの恋は苦労が多いんじゃない?って、私、ズバッと切り込んだ」
「それ、よく聞きましたね」
「だろ?で、レニさん言ったんだ」
ケイトは、リックを見つめて口角を上げた。
「『確かに、階層が違うと面倒なことが多いけど。リックは私のことを真剣に考えてくれているから大丈夫よ』って言ってた」
ピッポが身を乗り出して、リックの顔をじーっと見た。
「……あ、リックちょっと泣きそう」
「僕、泣かないよ」
「で、周りの人に反対されない?って聞いた」
え。そこまで聞く?
「先輩。それ、ほんとに聞いたんですか?」
「ケイト先輩、ズバズバ切り込むなあ」
「強引だろ?でも、このへんは私みたいな第三者が聞かないと、本当のところわかんないじゃん。そしたらレニさん笑ったよ」
あ、レニ笑ったんだ。良かった。
「『みんな、おめでとうって言ってくれるのよ。リックはイーストの土建屋さんに信頼されてるの』だって」
ピッポが腕を伸ばして、リックの左肩をぽん、と叩いた。
「リック、毎週測量行ってるもんな」
「うん。みんな良くしてくれる」
2つの冷やし中華の器は空になっている。箸の位置は同じ向き。利き手が違うのだ。
「君のことを応援してくれる人、外にはちゃんといるんだねー」
「先輩。僕、イーストに川を作りたいんだ」
「うん。川があれば、体が洗える。傷が洗える。いい取り組みだと思った」
ケイトが、チキンの最後の一切れを口に運んだ。リックはカップの水を飲む。ピッポは机の上の手を、握ったり開いたりした。
「3層には、教授と何度か行ったことあるよ」
「そうなんすか」
「会ったことないですね」
「行ったのウエストだから。地球っぽいね。……誰にも言ってないけどさ」
ケイトが声を落とし、リックとピッポは耳を近づけた。
「私、地球生まれなの」
リックは、ピッポと顔を見合わせた。
「アメリカ、ミネソタ州ロチェスター。医者一家。パンデミックの時、家族揃って月に移住したんだ」
「その、ご家族は?」
ピッポが聞いた。ケイトは微笑む。
「生きてるよ。火星のサクラ・ドルサ。両親と弟二人。私は自分の意思で、月で一人で暮らしてる」
「先輩。どうして?」
「地球から見た月ってさ、綺麗だよ」
昼でも夜でも。いろんな国のお伽話に、カニやウサギや魔女がいて、お姫様がいたりする。
「ロマンチックな観光地。1層2層は確かにそう。旅行で滞在するならね。……でも、暮らすとなると話が違う。特に3層は」
ケイトが水のカップを持ち上げた。一口飲んで、水面を見つめる。
「リックくん」
「はい」
「レニさん、待ち合わせでそわそわしててね。そんなに楽しみ?って私聞いたの」
「そわそわ……」
ケイトが首を少し傾けた。目元が優しい。
「『リック、きっと走ってくるわ。走る姿がかっこいいんだ』って」
私、涙がここまで出かかった、とケイトは鼻のあたりを指で示した。
「君たち知ってた?6区住民で結婚するのは1割くらい」
「えっ」
ピッポと目が合う。びっくりした顔。多分同じ顔をしてる。
同い年のケンとエリーの顔が浮かんだ。14歳から一緒に暮らして、もうすぐ結婚するってことを、若いなあとは思いつつ、普通のことだと思ってた。

知らなかった。結婚する人、そんなに少ないんだ……。

「3層、仕事の種類は9割が低賃金の肉体労働。衛生環境はすこぶる悪い。 6区の人は、14歳からそれをする。命に関わる怪我や病気が多い仕事なのに、医療は21世紀レベル」

6区の官営求人を見たことがある。

「生きるだけで精一杯。まともに恋もできないところ」

アバトワ
時給 300レメク
昇給制度あり
正規雇用あり

ブランカ
時給 130レメク
雇用保険制度あり
制服貸与

ポッティ
時給 114レメク
チップ制度あり
自由出勤

トリル
時給 114レメク
チップ制度あり
シフト制

バルチャー
時給 40〜114レメク
労災加入不可
完全出来高制

「レニさんはさ。そういう場所で生きてきた女の子なんだね」

ポンプ
時給 5000レメクから
月給 22500レメクから
派遣雇用制度あり

ーーこの仕事では、笑えないって気がついた。

ただ、生きる。
食べる。
寝る。
起きる。
遊ぶ。
恋をする。

そういうことがずっと、当たり前じゃない女の子だったんだ。

「私は医学をやってるんだ」
ケイト先輩の声が、はっきり聞こえる。
「社会の今に、最も近い場所にいるはずだ」
鮮やかなローズ・アイが、燃えるように輝いている。職場で会うと、気さくだけれどいつもシャープでクールだった。
「走り出さなきゃだわ、と思った」
こんな目で、本音を話す人だったんだ。

「私、プロジェクトに参加したい。上層の人間や観光客だけじゃなく、月で生まれた人たちに住みよい場所になれば、って思う」

差し出される右手。平日昼の食堂で、人が多い。見られているし、聞かれている。
きっと、噂になるだろう。けれど、リックは反射的にその手を握った。
「ケイト先輩がいてくれると、力強い」
握手。先輩の手は、思っていたより華奢で小さい。爪は短く、飾りはない。
「集まる時には、声を掛けます」
手が離れる。ケイトはピッポに身体を向けて手を差し出した。2人も握手。空気が軽くなった気がした。
「レニさんもいる?」
「もちろん」
「よっしゃ。早く会いたいなあ」
軽やかなガッツポーズ。ピッポが横でにこにこ頷く。
「ケイト先輩、レニが好きですね」
「話が早くて楽しいもん。おおらかで優しくて、話しているとほっとする。あと、ちょっと抜けてるとこがかわいい」
「わっかるー!!」
「ピッポ声大きい。レニ、抜けてるかなあ?しっかり者だよ」
「あのチャーミングさに気づかんかー。リックもまあまあ抜けてるからなー」
「違う、ピッポ。チャーミングなのは火を見るより明らか」
「火なんか見たことねーじゃんか」
「あ、時間やばい。ピッポ、アドレスくれる?リックはレニさんの彼氏だからさ。君が私に連絡してよ」
「わかりました」
「……よし。じゃ!」

カチャ。スッ。タッタッタッ。

「話も足も早いなあ。走ってる人、久々に見た」
「ケイト先輩だからね」

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