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32_リバーサイド・レコード#04

「いらっしゃーい」
玄関の引き戸を開けると、ちゃぶ台の前にジェンがいた。室内の服とメガネは片付けられて、広いスペースが確保してされている。
「ジェン、ナオキは?」
レニが聞き、ジェンはひらっと右手を振った。
「食べ物飲み物取ってくるって。あたし留守番中」
ジェンは立ち上がり、冷蔵庫を開き、飲み物のジャグを取り出した。
「たくさんあるでしょ?僕、ナオキ迎えに行くよ」
今日の参加人数は7人。フローティング・カートがあっても、1人よりは2人がいい。
リックが踵を返すと、レニがリックの肩に触れた。
「私も行くわ。ジェン、オッチャンのとこよね」
「多分ねー。いってらっしゃい」


「はい、2人ともお茶どうぞ」
「あ、ムギチャだ!いただきます」
「ありがとうございます」
ちゃぶ台の円周上、等間隔に座る3人。ジェニファーが右隣のライカに顔を向ける。
「はじめまして、あたしはジェニファー。ジェンって呼んで」
「はい。ジェンさん。ワタシはライカ。お初にお目にかかります」
ぺこんとお辞儀するライカ。二人は右手で握手した。
「よろしくね。ライカは、何を勉強してるの?」
「宇宙工学です。4力を少々」
「へーっ!すごい」
「ジェンさんジェンさん、説明いります?」
「基礎力学でしょ?」
「ジェンさん。いけるクチですね。ワタシの研究を、もう少し詳しくお話ししてもよいですか?」
「あたしがわかるように、優しく教えてちょうだいね」
「善処します」


「ジェンさんは、ナオキさんの元カノですか?」
「ライカ。ストレートが過ぎる」
ジェンは両手を後ろ手につき、からっと笑った。
「そうだよー。だいぶ前に別れたけどね」
ライカは顎に曲げた人差し指を当てる。
「うーん。表面的には別れる理由が見当たりません。映画スターばりの美男美女。脳内でポスター化するほどお似合いです」
ピッポがあぐらの足の上下を変えた。
「ほおほお。ちなみにどんな映画?」
「グレタ・ガルボのグランド・ホテル」
「ライカ、渋いなー」
「ガルボかー。ま、多分それが理由よ」
ジェンは天井を見上げる。
「さげまんなのよねー」
小麦色の腕がちゃぶ台の上の菓子鉢に伸び、あられを摘んで口に運んだ。
ボリ。ボリ。ボリ。
ゴクンと飲み込み、ジェンは下ろした髪を背に払う。
「あたし、綺麗でしょ?」
ウインク。ライカとピッポは頷いた。
「Tremendously」
「はい!ギリシャ神話の女神のようです!」
「ピッポくん、ちなみに誰?」
「美の女神アフロディーテ。ピエール・ルイス」
「おお。わかってますね。ピッポくん」
「だっろー!?女神に関しては負けねーぞ!」
「ふふっ、アリガト。今はこんな太っちょだけど、前はもっともーっと綺麗だったんだから」
ピッポが口を大きく開けて3秒止まった。
「??今現在、スペースワイドのスーパーモデルにしかお見受けできませんが……」
ライカがずいっと机に乗り出す。
「ジェンさん。スリーサイズをお聞きしても?」
ジェンは目を丸くした後、ケラケラ笑った。
「青少年には、ちょいと刺激がつよいぞぉ?」
「おっ、俺!耳塞いでます!」
「ライカ、こっちこっち」
「ハイ」

「ほお……それはすごい」

「まさに、だいなまいと・ばでぃ。ワタシのウエストマイナス3cmです。太った、という概念に再定義が必要であります」
「あははっ!ライカたのしー。ありがとね」
ずずっ、とお茶を啜る音。ライカが再び口を開く。
「先ほどのさげまん発言について、委細をお尋ねしてもかまいませんか?」
ジェンが、首をこてんと傾けた。
「いいよー。あたし、ブドーの心得ないからさ。襲われたら抵抗できない女なの」
しん、と音のない空気が堆積する。
「14の時に6区に送られてね。5日目くらいかなー。腹ペコで喉カラカラで、追いかけられて逃げられなくて。5人いた」
ジェンは自分の爪を見ている。
「もう終わり!って時に、ナオキとレニがあたしを助けてくれたんだ」
オーバル型の短い素爪。長い指に指輪は一つも付いていない。
「4年前かな?5年前かも。みんなで街に出た。レニは一人暮らしして、あたしはナオナオ姉弟と一緒に暮らしてたのよ」
ジェンは少し遠い目をして壁を見た。
「で、すぐかな。あたしとナオキは、家出て2人で暮らそうって決めた。ナオミにはナオミの生活があるし」
ライカは振り向き壁を見る。最初は何もないと思った。しかし違った。何かを飾るための突起が総計144個。
「そこから1年くらい。あいつが生傷作ってこない日なかった。……それにはいろんな理由があるけどさ。あたしを庇って負った傷って、いっぱいあったと思うわけ。あいつ絶対言わないけど」
ずず、とピッポがお茶を飲んだ。
「でさ。あたしが綺麗になれば……、誰からも手が届かないくらい、すごく綺麗になれば、きっとこの暮らしから抜けられる。そう思ったの」
ライカはあられを一つ取ってボリボリ噛んだ。
「ジェンさんは、とても綺麗です」
「ありがとう。ライカ」
ジェンもあられを一つ摘んだ。
「でも、暮らしはそんなに変わらなくてさ。お金は少しずつ増えて、お味噌汁の他にご飯やお魚、お肉なんかも食べられるようになったけど」
親指と人差し指で摘んだあられをじっと見る。
「……ナオキはずっと体張ってた。あたし、ほら、目立つでしょ?なんかもう、色々としんどくなってさ」
ぱくっ。ぼり、ぼり、ぼり。
「……去年、2層の仕事が決まってね。住む所と名前がもらえる。それで別れた」
ジェンは机に両肘をつき、チューリップのように開いた手に顎を乗せた。
「あたし、今の暮らしが気に入ってる。……昔が嫌ってわけじゃないけど、6区に戻れるかっていうと、やっぱ違う」
瞼を閉じる。まつ毛が頬に彫刻のような影を落とした。
「あたしはここに、小さい頃からずっと住んでたわけじゃない。14歳まで学校行って、習い事して、両親と普通に暮らしてて、白い電気犬もいて。……どうしてもね」
ぱち、と瞼が開く。ブルーの瞳が、ぼんやりと出っ張りだらけの壁を見つめた。
「ナオキのことは大好きだけど、あいつに迷惑かけたくない。……ここで生きていくのは、あたしにはちょっとばかし荷が重い」
ピッポが指で目尻を拭った。
「人生とは、ままならぬものなのですね」
「そーだよー」
ジェンは立ち上がり、冷蔵庫から麦茶のジャグを持ってきた。自分、ピッポ、ライカの順にお茶を足す。
「ライカは、好きな子とかいる?」
「今はいません」
「ピッポくんとは?」
ぶっ!とピッポが麦茶を派手に吹き出した。
「え!?俺!?」
「守備範囲外です」
「がーん」
ピッポが立ち上がり、台所へ。ジェンはライカに体を寄せて耳打ちする。
「ナオキはどう?あいつ、自分より頭のいい子がタイプなんだよ」
「なるほど。ナオキさんはビジュアルも性格も
守備範囲。いえ、会話の相性を鑑みるに、ストライクゾーンです」
「デリカシーはまるでないけど」
「ワタシもデリカシーゼロを自負しています。望むところです」
「お似合いかもよ?」
ピッポが、布巾を手に戻ってきた。
「ああ見えて、女に真面目で奥手だし。お試しに付き合ってみたら?」
「善処します」
「えーと。これ俺聞いてていいやつだよな?」
「ピッポくんは100percent関係ありませんのでご安心を」
「がーん。告白もせず振られちまったかー」
「ごめんねー、ピッポくん」
「いえ、全然。俺、平穏を愛する男なんで」

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