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32_リバーサイド・レコード#02

セントラル大学工学部棟タワー16F。
外付け階段踊り場。

「お招きありがとう。必ず行くよ」
アルミの階段手摺に肘を置き、土曜の予定をスケジュールにリストインする。西の方角に見える景色が懐かしい。
レニの声が、いつもより少しだけ高い。友達の結婚が本当に嬉しいんだな、とほっこりする。
「あ、ジェンも?うん」
ナオキのお姉さん。確か4つ年上だった。家族みたいに暮らしてたってことだから、みんなのお姉さんみたいな感じなのかもしれない。
「もしよければ、ピッポも一緒に行っていい?ナオミさんに会いたがってた。……うん、うん。……オーケー。またね、レニ」
ガチャ。
「リックくん」
「! ライカ」
ガチャ。
扉が閉まる。ライカは扉の前に立ち、真っ直ぐにリックを見た。
「立ち聞き?」
「はい」
「……ぷっ、素直だなー」
正方形の踊り場の手擦りを右手で持ったまま、リックはライカと向かい合う。澄んだ眼差しとクールな表情。こんなに静かな人だったのか、と意外に思う。
「今の話。私もご一緒できませんか?」
「どういうこと?」
「以前、レニさんとナオキさんに、危ないところを助けていただきました」
ライカは両手を胸の上に重ねた。
「きちんとお礼を伝えていません。オフタリに、改めてお会いしたい。それに、6区の街に興味があります」
リックの眉がぴくりと動く。ライカは静かに瞬きをした。
「どういう種類の興味かな」
「私はサブカルオタクです。街並みそのもの、生きている人、空気感。興味があります。例えるなら、お菓子のおまけを集めた宝石箱のような、抗いがたい魅力があります」
「自分の身を、自分で守れる?」
「1人では無理です」
「そうだよね」
「だから、仲間に入れてください」
「仲間?」
「ワタシは、その共同体の一員になることを希望しています」
芯の通った静かな声。リックは、ライカの瞳をじっと見る。淡い茶色の瞳。瞳孔は、大きさを変えることなく見返してきた。
リックは手摺りから手を離す。アルミの冷たい感触が、手のひらに残っている。
「ライカ。……僕のことが好きだった?」
「……少し違うと、最近ワタシは気づきました」
ライカは顎を上げて視線をどこか遠くへ送った。
「ワタシは、リックくんのヒトトナリに、恋をしていたのではないのでしょう」
彼女の視界には、ドームの空と、工業地帯の蛇腹の屋根が広がっている。
眩しそうに瞼が細まり、口元が弧を描く。
「アナタの夢に恋をした。水を作り、川を作る。循環の摂理にエラーを仕込み、生死の楔を解き放つ」
詩のような独白。彼女の声は淀みない。
いつしか拳を握っていた。耳が体の中心になる。
ーー君にもわかるか?
ーー月世界の、この理不尽が。
ヘーゼルの瞳が、スプリング・ライトを照り返す。
「それは、コンピュータに委ねた、人の倫理をほどく営み」
ライカは人差し指をピン、と立てる。
「ヒトが歪に進化したこの月面都市において、その未来図は流れを持つ水のようにclearです」
彼女の指が、ふわっと広がるストロベリー・レッドの髪の隙間に差し込ませた。
そこにあるのは左前頭葉。

「ワタシの頭脳を、あなたの夢に住まわせてほしい」

ーーピピ。

「レニ?ライカも一緒に行っていい?……うん、……もちろん。そう。ありがとう」

ピ。

ウォッチの左手を下げ、リックはライカに向き直る。
「ライカ。タワーの駅で待ち合わせて、僕とピッポと一緒に行こう」
ライカは深く頭を下げた。
「感謝します。……リックくん。……あの。デートの時に、勝手につけてごめんなさい」
ああ。それを言うために。
「僕のほうこそ。長いこと君を傷つけていたみたいで、……気づかなくてごめん」
頭を下げて、右手を差し出す。その手をライカがパシンと握った。

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