あ。猫だ。
ゴールドの毛並み。鮮やかな青緑の両目。アビシニアン。ええっと。名前はアビーだわ。
「あーっ、いた!アビー!」
レニは声に顔を向ける。女の人が駆け寄ってくる。
声で違うとわかったけれど、一瞬、リックかと思った。
捕獲し、首根っこに停止装置を当てる。すや、と眠……らなかった。くりくりのグリーン・アイがぱちぱち瞬き。
うーん、装置と猫と、どっちが壊れてるのかしら?
「ありがとう!この子、故障してるんだ」
あ、猫の方が壊れてたのね。
「故障?高い猫なんでしょう?」
「あの家、わざと直さないのよ。誤作動してるから、行動パターンが読めないの。脚が速いし、捕まえるのすっごくタイヘン!」
「へえ。あなた、腕がいいのね」
スマートでバランスの取れた身体つき。走ってくるのが速かった。短距離走なら負けるかも。
「まーねー。なのに、チップがもらえない。貧乏くじ」
社名の入った帽子を取った。ハチミツ色のゴールドヘアはアシンメトリーのセミロング。瞳の色はローズ。レニより少し背が高い。都会的な雰囲気の美人である。
同い年か、少し上かな?リックと同じ業者のジャケットだから、学生さんよね。
「チップがもらえない?どうして?」
「前の人は、チップなしでやってくれた、って言うからさ。食い下がったけど無理だった」
「ああ。それ知ってる」
レニはアビーを女性に渡した。
「この猫を捕まえるの、2回目なのよ」
ローズの瞳がパチリ、と瞬き。すうっと静かに冴える。リックも時々、こんな感じで私の言葉を聞いている、とレニは思った。
「お姉さん、リックくんと知り合い?」
「うん」
にかっ、と笑って右手が伸びた。笑顔がからっと明るく爽やか。
この人、なんだか少しリックに似てる。
「私、ケイト。リックくんのバイトの先輩」
「私はレニ。サーチャーは派遣の依頼でやるのよ。今日は別の仕事で近くにいるの」
「レニさん、いくつ?」
「18歳」
「あ、もっと上に見えた。私、20歳」
「2歳上ね。もっと丁寧に話した方がいいかしら?」
「あはっ、いいよそんな。そんで、レニさん。リックくんとは、どういう知り合い?」
「恋人よ」
「え?……ええええーっ!!??コイビトぉ!!??」
大・音・量。ここは2層の公園前。閑静な高級住宅街。通行人がほとんど同時に振り向いた。
「えーと。そんなに驚くことかしら……」
「ほー……。へー……」
ケイトは薔薇色の目をまんまるにして、レニの顔を見つめている。
「ケイト、不思議?」
「……はっ!あ、うん。もーびっくり。ぶったまげ。へー、彼女がいたんだあ」
ケイトの腕の中で、アビーが瞳をころころさせた。こんなに明るいのに、瞳孔が大きくなってる。やっぱり少し壊れてるみたい。
「リックくん、人間に興味ないと思ってたから……。あ、彼女の前で失言かも」
「リック、バイト先ではクールなの?」
「うーん、最初はそんなことも無かったけどね。3年前かな?バイトの初日。リックくん、感じが良くて素朴な子だった。素直でニコニコしてて」
「私の知ってるリックだわ」
ケイトがクイ、と首を傾げた。このキレと角度は、なんとなくライカに似ている。
「でも大学では、ちょっと孤高の人って感じ。私は学年違うし友達でもないから、遠目で見てるだけだけど。笑わなくなったね」
「へえ。勉強に集中したいのかしら?」
ケイトは肩を竦め、アビーがニャーンと高く鳴いた。
「そうかもね。ま、周囲の雑音にうんざりなのはわかる」
「雑音?」
「リックくん、ちょっと目を引く美形でしょ?」
「うん」
「で、私もなかなかのものでしょ?」
ケイトが腰に手を当て、軽くポーズを取った。明るく爽やか、健康的。そのままバイト求人のポスターにできそう。
「ケイト、美人で姿勢がきれい。髪型も素敵よ」
「へへっ、手放しで褒められると照れちゃうなー」
ケイトは右側の髪を軽く梳いた。ストレートの金髪は、レニより少し黄味が強い。
「学生のサーチャーは見た目重視なの。2回目以降は指名で仕事もらう。こっちがお金にピンチの時には、お得意様に猫逃して、ってお願いする」
「へえ。派遣とシステムが違うね」
「うん。福祉の救済措置。でもそれってさ。大学ではペット呼ばわりされるんだ」
えーと。ペットというのは、富裕層が買い求める電気動物のことよね。ネコとイヌが人気だけれど、ヒツジと、ウマと、あと、キリンは見たことある。
「ペット?」
レニが聞くと、ケイトはシニカルな角度で口角を上げた。
「金持ちに飼われて、尻尾振って小遣いもらうペットなんだって」
人間の話?
「……そうなの?」
ーー善意のフルコースでブタになるのよ。
ジェンの声とブタが脳裏を通り過ぎた。人間が人間を飼うことを、そっか。ペットって言うのね。
「ま、中には、ほんとのペットになっちゃった子もいるけどね。リックくんは小遣い1ルカも貰ってないのに、大学で色々言われてるの、聞いてるほうはたまんないよ」
「ふうん。言ってる人は、誰にもお世話されずに、1人で生活してるのかしら」
「あはは!レニさん、話しててホッとする。そうなんだよねー。言ってるやつらは自宅組だよ」
ケイトが言った自宅組、っていうのは、お家があって、家族がいる学生さんのことなんだろうな。
「大学って、狭い世界で生きてる連中ばかりだからね。目立つと色々言われるんだ」
「ケイトも色々言われるの?」
「卒業学年になってからはないよ。でもさ、それで寮生活に嫌気がさして、一人暮らし始めたな」
「勉強しながらアルバイトして、一人暮らしは大変でしょう?」
「私、外を走りたくてサーチャーやってるんだ」
ケイトはパチンとウインクした。みんな、ウインク上手だなあ。私、両目を瞑っちゃう。
ケイトが指貫グローブの右手を差し出した。レニが握り、上下に2回振って離れる。
ケイトがキャップを被り直した。アビーの尻尾がピピッと揺れる。
「レニさん、リックくんによろしく。また会えたら嬉しい」
「ええ。またね、ケイト」
走り去る後ろ姿がしなやか。今度、動物図鑑で足の速い動物を調べてみよう。


