「あれぇ?レニとリックじゃん」
コンビニの店先でナオキを発見。ホワイト・ジーンズにジャパン・ブルーのアロハシャツ。素足にニホンのサンダル。リゾート感満載のファッションである。シャツはウキヨエっぽい波柄で、光沢があり彩度が高い。500メートル先からでも個人を特定できる。
「オッス、ナオキ」
「えーと?前からちょいちょい思ってたけど、レニのオッス。それ何?」
リックが首を傾けレニを見た。クイズの答えを言う時みたいな上目遣い。
「武道の先生だからだよね?」
「そうよ、リック」
「なるほどー、……ははっ」
ナオキが頭の後ろをぽりぽり掻いた。目尻に笑い皺ができる。
「いやー、お似合いお似合い。カップルっつーか若夫婦みてえ」
「若夫婦……」
「ナオキは私の親戚のおじさん?」
「あっはっは!いや、助かるよ。台車に全部乗らなくてさ」
コンビニのガラス扉の前に停車中の台車の1番下には、コーラとオレンジジュースが半々になったボトルクレートが2つ、どでんと乗っていた。その上にパーティプレートが4つ重なっている。さらにいくつか店の中から店主の家族が袋を運び出した。
「それ持つよ」
「サンキュー、リック」
ナイロンの袋を4つと重箱の風呂敷を、リックがナオキから受け取った。
「あら、私は?」
「えーと、レニはこれな」
ポン。
「軽い……」
持ち手のついた四角い箱。模様がきれい。ケーキかしら。
ちら、と台車を見る。積み上がった物の高さは腰のあたり。安定感もある。この上に、絶対乗る。
「私、来た意味なくない?」
「レニがいると楽しいよ」
リックがニコッと笑って言った。
ふーん。そっか。
「そう?ならいいわ」
「それ、ケーキだね。何の味かな」
「イチゴがいいなあ」
「果物、美味しいよね」
一旦店に入ったナオキが戻ってきた。台車のスイッチを押す。ウィン、と起動し少し浮く。
「よし、勘定済んだ。帰るぞ」
ナオキは台車のハンドルを押した。レニとリックは彼の後ろに、横に並んでついていく。
「リック、ライカちゃんと話した?」
歩き出して少しして、ナオキがリックを振り向き聞いた。
「うん。彼女、この街が好きなんだって」
「あら、そうなの?」
今日、ライカが来ることになった理由をレニは特に聞いていない。リックやピッポの友達なのね、くらいの気持ちでいたので、街そのものが理由の一つとは意外だった。
「へー。どこがいいんだ?」
「ごちゃごちゃしたところだって」
褒め言葉としては微妙だけれど、自分の街を好きだと言って、実際に来てもらえるのは嬉しい。埃っぽいしガラは悪いし、いいとこばかりの街ではないけれど、レニはここの暮らしが気に入っている。
「あと、サブカルオタクなんだ」
「あれ?ナオキと趣味一緒じゃん」
レニはナオキの後頭部に言う。首の角度が上向いた。
「へー。確かに喋りはオタクっぽい。彼女、何が好き?」
「今日はアニメかなんかのTシャツ着てたよ」
「ビビッドなグリーンがカッコいいわ」
「何系?」
リックを見ると目が合った。何系って、何のこと?
うーん、とリックは少し考え、口を開く。
「飛行機かな?戦闘機かも」
「ふーん。今度、好きなSF聞いてみよう」
あ、合ってたみたい。ナオキのあの言葉の意味が、よくわかるなあと感心する。
会話が途切れた。レニは、今聞くことにした。
「ジェンと話した?」
「しょっちゅう電話してる」
「会うのは久々でしょ?」
「まーな」
もう、ナオキはいつもこれだから。もう少し、ちゃんと言葉にしたらいいのに。
あ、と短く声を上げ、ナオキが肩越しに振り向いた。
「あいつ、ちょっと太った?」
……。
……。
えーと、もっと聞き方あるんじゃない?
「そうかしら?」
リックがナオキの隣に駆け寄った。
「ナオキ。ジェンは低体重に分類されるくらいだよ。僕は健康被害が心配だ」
「いや、違う。そういうあれじゃなくて」
「ジェン、前は今よりもっと痩せてたの?」
「そう」
「じゃあ、健康になって良かったね」
「おう」
へえ。ナオキとリック、2人で話すとこんな感じなんだ。
不思議な感じ。ナオキのこともリックのこともよく知ってるはずなのに、今は知らない男の子みたい。
ナオキが首をこてんと左に傾けた。
「すげー綺麗になったなー、って思ってよ」
「ジェンは前からとても綺麗よ」
レニはアロハシャツの背中に向かって言う。ナオキはレニに振り向いた。
「知ってるよ。何年一緒に暮らしてたと思ってんだ」
3年だよね。私は離れて暮らしてたから、2人の暮らしはよく知らない。
「2人だと食えねえ時が結構あって。食わせてやりてーのに、おれも稼ぎが全然なくてさ」
でも、ナオキはジェンと結婚するだろうって、バーチャンの家でみんな一緒にいた時から思ってた。
……なんだかなぁ。
「腹減らして真っ青な顔で、針みてえなハイヒールカツカツさせて店に立って」
キャンディ・バーの話だ。レニは、初めてスポットで入った時を思い出す。2年前だっけ。久しぶりに会ったジェンは、すっごく綺麗だったけど、痛々しいくらい目が大きくて、鎖骨の形がシャープだった。水をこぼしたら、その窪みに溜まるくらい。
「ぶっ倒れたら足首も手首も折れちまうんじゃないかって……。おれ、受け止められるようにカウンターからいつも見てた」
そう。いつもいた。彼のスポットを頼まれて入ったはずなのに、よくそこにいた。一旦抜けて、また戻る、ってことがほとんど。彼には他の仕事もある。
キャンディ・バーのバーテンの仕事。
ハイボールを作るだけ。
ボトルのドリンクをそのままグラスに注ぐだけ。
女と子どもを死ぬ気で守る。
だからいた。
レニに任せられないわけじゃない。
目が離せなかったから、そうせずにはいられなかった。
今になって、そういうことがわかる。
「ジェンもナオミもあんな靴でずっと立てるの、すごいわ」
「ああ」
「今はジェン、ゴム底のスニーカーよ」
「そっか」
家の近くの三叉路にきた。子供が駆けてくる足音と声が、右のほうから聞こえてくる。
ナオキの肩が軽く揺れた。声はないけど、笑ったみたい。
「なら、今の方がずっといいや。ジェンは上に行って良かったんだな」
左の道へ台車は進む。レニは影を踏みながら、その後ろをついていく。


