「ライカを、レニが助けてくれたって聞いた」
コーヒーフロートのアイスクリームをスプーンで解体しながらリックが言った。
レニは、グリーン・ティーを少し啜って口を開く。
「迷子みたいだったから、送っていっただけよ。お返しにコーラを奢ってもらった」
少し苦い。ミルクを手元に引き寄せる。
リックは小さくなったアイスの欠片を口に入れた。コーヒーフロートの中間層は黒からベージュのグラデーション。
「僕が謝るのもおかしな話だけど、悪かったね」
レニはカップにミルクを足した。うん。マッチャ・オ・レにグレードアップ。
「ライカはリックとどういう関係?」
リックの瞳がこちらを向いく。エキゾチックな青緑。眉の頭が少しだけ、瞳の方に近づいた。
「同じ大学に通っているって、僕が知ってる程度の関係。同い年だけど専攻も違うし、あんまり話したことないよ」
「へえ。リック、モテるのね」
ピタ、と音がするくらいの反射でリックの手が止まった。え……?と小さな声が聞こえた。
意外そうなのが意外。自分が女の子の目にどう映っているか、あまり関心ないのかな?
……もしかして、あのビンゾコメガネでキャンパス・ライフを送っているんじゃ?まさかね。
「ライカは何を勉強してるの?」
リックがほっとした感じでストローを啜った。
「宇宙力学。天才なんだ」
「天才?」
「うん。ずば抜けてる。星間雑誌に何度か特集されてて、論文は地球のサミットで採用された。セントラルでは有名人。だから僕は、ライカの顔と名前を知っていたんだ」
地球。火星。ガニメデ。無数に漂う移民船ーー
ライカの文字は、シグナルは。星の海を越えて届くのだ。
「……ライカ、そんなにすごい女の子だったの?」
レニは、この前出会ったキュロットスカートの小柄な少女を思い浮かべる。イチゴみたいなボブヘアー。こぼれそうな大きな瞳の、子ジカみたいな女の子。
リックは深く頷いた。
「うん。すごい。人類史に記録される頭脳だよ。どうして無防備にも、たった1人でここに来たのか……」
机の上で両手の指を組み合わせる。視線は指先。考え込んでいる表情。
「ふふっ」
「え、何かおかしかった?」
レニは、ミルクで割ったグリーン・ティーを二口飲む。うーん、氷が欲しいかも。
「わかんない?彼女、リックが好きなのよ」
「えっ!……ええっ?」
また椅子から転げ落ちる?とレニは腰を浮かしたが、それは無かった。リックの口はぽかんと開いて、瞳はゆっくり瞼の縁を一周した。
えーっと。本気で気づいてなかったの?ライカ、あんなにわかりやすい女の子なのに……。
「ほら、この間のデート。黄色のワンピースの日。本屋から、ずーっと後をついて来てたわ。送りの道でも少し話した。彼女、あなたに憧れてるの」
リックは我に返った様子で、コーヒフロートのコップを持ち上げ、口をつけて半分くらいごくごく飲んだ。
「……そう言われても、心当たりがないんだけどなぁ」
アイスのおひげを親指でぬぐい、その指をおしぼりでさりげなく拭く。
レニは軽い感じで肩を竦める。本人に心当たりが無くっても、そういうところよね。
「モテる男はみんなそう言う。多分」
リックが重心を前にした。
「え?レニ、誰かモテる男を知ってるの?」
眉の隙間が2ミリほど狭くなり、野生的な感じである。かっこいいかも。
レニはその眉間の1番深い皺を狙い、人差し指でちょん、とつついた。
「モテない男を知ってるだけ」
「……ああ!」
眉根から顔全体へ理解が広がり、とリックの表情がパッと明るくなる。
リックはテーブルに曲げた肘をつき、手遊びみたいに両手の指の腹を付けたり離したりした。
「でも、ナオキ、カッコいいよ」
レニはぷっと吹き出す。カップを持ち上げたが、もう空だ。
「言っちゃってるじゃん、ナオキって」
リックが歯を見せて笑った。
「あはっ、ごめんごめん。信念あって、漢気あってさ。カッコいい。憧れてる」
レニは左右に首を傾ける。くすぐったい感じ。
「そう。生活力も仕事も美学もあるんだけどね」
「あと、すごいイケメンだよ。店も楽しい。バイクのカスタマイズもクール」
なんか2人、私が知らない間にすごく仲良くなってない?リックとナオキ。ファッションや雰囲気、あと声の速さと大きさのジャンルがかけ離れすぎていて、なんだか不思議な感じだわ。
そこでレニは思い出した。肘をついてリックの方にずい、と肩から身を乗り出す。
「でもね。聞いて?ナオキったら、ほんとーに一言も二言も多いのよ」
リックが目を白黒させて、こくこく頷く。はてな?マークが顔全体に広がっているが、ちょっとこれは聞いて欲しい。
「この間なんか、電話の向こうで、『デートに来ていく服がない?ねーちゃんの借りたら?ねーちゃーん、このへんにミニスカワンピあったよなー!サイズいけっかー?』……だって!大声で!」
「ミニスカワンピ……」
「もう!デリカシーをどこに落っことして来たのかしらね」
「…………えっと。うーん。……今の話、反応に困るなぁ」


