5階でエスカレーターを降りる。数えきれない光学ディスプレイの重なりが、祭日2層の虹のように頭上に広がっていた。
「綺麗ね」
「ね。虹みたい」
「私も今、虹って思った」
「同じだね。嬉しいな」
「そうね」
リックが左斜め前を歩く。幾何学模様の平台に、ブックの試し読みがドミノみたいに並んでいる。眺めるだけでなんだか楽しい。
「この本屋によく来るの?」
「ふらっとね。通学の途中に」
「ああ、想像できる」
リックはどんどん先へ進む。床の模様と素材が変わり、天井近くまで届くシェルフが並ぶエリアに立ち入った。紙とインクの匂いがする。
「これ全部、新品の紙の本?」
「うん。すごいよね」
濃い青色の綺麗な本があったので、レニはデジタル表示のプライスを確認した。
50リベカ。つまり50000ルカ。レニの2ヶ月分の食費であり、今着ているワンピースが10着買えるお値段である。
「紙の本って高いのねぇ」
「うん。そもそも素材が貴重」
3層でも、古本屋やジャンク屋に紙の本は売っている。茶色くなって黴臭い、落とすとバラバラになってしまうものがほとんど。値段はしかしピンキリである。コーラよりも安いものがあれば、車よりも高値がついてるプレミアもある。ナオキのジャンク屋にも、掘り出し物を求めて1層2層の常連がやってくるのだ。
レニは、シェルフにぎっしり詰まった本を眺めてふと思う。
「これ。たくさん買ったとしたら、どこにしまっておくのかしら?」
リックはシェルフを上から下までゆっくり眺めた。本を数えているのか、重量を概算しているのかもしれない。
「本棚がないと難しいんじゃない?」
「本棚?一つの棚を、本だけのために?」
「うん。贅沢だよね」
「へえ。読みたい本を探すのが、大変じゃないのかな」
「あはっ、確かに」
デジタルブックのエリアに戻り。時々立ち止まって試し読みをタッチする。5区の図書館よりも画素数が高く、圧倒的に反応が速い。
「リックは、紙の本を持っているの?」
「それね、すごーく欲しいけど、持っているのは全部、普通の本。置くところがないから」
「ふーん。それって、キョウカショ?それとも趣味?」
リックが立ち止まり、試し読みボタンをタップ。表紙はシカかな?地球刊行科学雑誌の最新号だ。
「両方。小説や詩も読むよ」
「へえ」
「レニはいつも何読むの?」
レニも、気になった雑誌の試し読みボタンをタップする。レシピブックの最新号。特集は地球産のお茶。
「新聞。物語は、短いものを読むこともあるけど。少しだけね。タケトリモノガタリとか、ゲンジモノゴタリとか。最近読んだのは、ツルノオンガエシ」
「わあ、通だね!地球の昔話は僕も好き。特に日本はさ、世界観が楽しいんだ」
「うん。木や紙の家が出てくるでしょう?あと、クールな服」
レニは試し読みを閉じ歩き出す。
「キモノだね。あれどうやって着るのか、何度調べてもわからないんだ」
リックは後ろ。肩越しに振り向く。
「リックも?」
リックの瞳がポニーテールの毛先を追った。
「レニも調べたことある?」
「うん。だって、着てみたいもの。ユカタは着たことあるけれど、パジャマみたいなものだったし」
「それ見たかったな……。あ、ごめん!失言。パジャマを見たいとか……」
バツが悪そうに手を合わせるリックに、レニはくすぐったく感じて肩を竦める。
「気にしてないわ」
「ありがと」
色彩豊かコーナーに入った。子ども向けのエリアらしい。
「ライブラリも、オフの日はちょくちょく行くの。写真集や図鑑を眺めることが多いかな」
「最近読んだの何の図鑑?」
「魚の図鑑」
「いいよね。僕も好き」
魚の図鑑を見つけた。レニは試し読みボタンをタップ。
「違う種類のものを5冊くらい読んだけど、探してたのは載ってなかった」
目次を表示。あ、か、さ、た、な……。
「何を探していたの?」
「人魚」
うーん、これもダメ。やっぱり、ただのおとぎ話?空想?地球のことは、どこまで本当かわからない。
ラジィがターコと地球に行く日が来るのなら、人魚がいたらいいのにな、と思ったのだけれど。
レニは試し読みを閉じる。リックを見ると、右手で顔の下半分を覆っていた。どういうわけか耳が赤い。
「リック?どうかした?」
「好きだなぁ、と思って。……あ、しまった。声に出すつもりは……」
あわわわ、という擬音が頭の上に見えるくらい動揺していた。両手のひらが地球の車のワイパーみたいに高速で左右に動いている。
「耳が赤いわ」
リックは自分の耳を右手と左手それぞれでひしっと掴んだ。
「僕、気持ちが耳に出るんだ」
今度は目尻が赤い気がする。レニは耳を掴んだリックの右手をちょん、とつついた。
「それ、かわいいかも?」
う〜〜、と充電不足の猫みたいな唸り声。リックは両手で顔を覆って天を仰いだ。
「レニにはかなわないなぁ」


