「ねえねえ、1人?」
「人を待ってる」
「遅刻してんじゃないの?こーんなカワイイ子を待たせるなんて悪いヤツだなー」
「カワイイ?へえ」
もしかして、これが世にいうナンパか。生まれて初めてされた。今日の服のせいかしら。
レニは、来る途中のショーウィンドウに映った今日の姿を思い出す。
ナオミが選んだ、クロームイエローのシャツワンピース。ヘアスタイルはポニーテール。ナオキが見たら、「いいじゃんいいじゃん、イケてるぜ!」「マゴにもイショウ!」とか言って、パチパチパチと手を叩くかもしれない。
「悪い人じゃないわ。私が勝手に早く来ただけ」
「ふーん?でもさ、待ってる間暇でしょ?」
「そんなことない。1人が好きなの」
すっ、と相手の腕が伸びて来た。お、やるか?とレニが左足を引いたその時。
「レニ!ごめん、待たせて」
「リック」
「なん……、おぉ……。イケメン出てきた……」
猫のような俊敏さで、リックが駆け寄ってきた。今日はコンタクト。ネイビーブルーのポロシャツに、サックスブルーのジーンズ。白いスニーカーは買いたてらしくぴかぴかだ。
ああ、良かった、背伸びしているのは私だけじゃないみたい、とスニーカーのまっさらさにホッとする。
「どちらさまかな?」
間に割って入り、肩で呼吸したままリックが言った。いつもより半音くらい声が低い。
「知らない人」
「そらそうだけど」
「じゃあ、挨拶しなくて大丈夫だね。もう僕ら行っていい?」
「もちろん」
「あ。ちょっと……。ちぇ」
「間一髪だったね」
「何が?」
「あの人」
「あ、そうね」
レニはクスッと笑ってしまう。リックのジョークはエスプリが効いてて面白い。
あと1秒。リックが来るのが遅ければ、あの男はコテンパンになって床にへばりついていて、このワンピースはしわくちゃになって破れていたかもしれないわ。
そう思うと、なんというか、大ピンチだったかも、と今更ながら冷や汗が出る。そんなことでリックが幻滅するはずないんだけど、それはそれ。これはこれ。
エスカレーターに乗る。肩越しにリックに顔を向ける。
「セントラル・タワーでもこんな事があるのね」
リックは苦笑した。珍しい表情が新鮮。
「色んな人が、どこにでもいるんだ」
それはそうだ、と納得。どこにいても私は私。リックはリック。他の人もそうだろう。
そう思うと、なんだか肩の力が抜けた。うん。今日をちゃんと楽しめそう。
「レニ、……あのさ」
リックの控えめな声。今度は半身を向けて振り向く。
「なあに?」
ぱちぱちっ、とピーコック・グリーンの瞳がとても大きく瞬いた。暗いところからいきなり明るいところに出た猫みたい。
1秒、2秒。リックの喉仏が上下した。
「その、今日の服。……似合ってる。すごく」
耳が少し赤い。レニは髪の毛先をくるくるっと人差し指に巻く。するするっとほつれて元の場所に戻った。
「ありがとう」
「髪型も」
「今日は暑いから」
「歩くとこう、左右に揺れて。アハルテケのシッポみたい」
へえ、ポニーテールが好きなんだ。今度はリボンも着けてこよう。
エスカレーターを降りる。リックが足早にレニの左側に並んだ。
「ごめんね、待たせて」
「私が早く着いただけよ」
「ああいうことがないように、僕、シャンとしないと」
すごい。ナオミの言った通り。心の中でありがとう、と拝んでおく。凛々しい顔つきがワイルド。明るく穏やかな表情がデフォルトなのでグッとくる。
「メガネもキュートだけど、コンタクトは瞳が近くていいね」
「えっ!……ストック、絶対に切らさないぞ」
「あら。3箱買ったんでしょう?」
「3ヶ月なんてすぐだよ。レニといると、時間がワープしちゃうんだから」
にかっと笑って歯が見える。彼の表情の変化は、ほんとに猫みたい。レニは再び、ポニーテールの毛束を人差し指にくるくる巻いた。


