土曜日。
ステーション"イーストIー1"の改札前。待ち合わせの5分前にリックは現れた。
「あら、メガネ?」
ボーダーのTシャツにジーンズ。肩掛けの黒いディバッグと履き込んだスニーカー。狐色の髪と肌に、白とネイビーが晴れやかに爽やか。
……というイメージ通りの私服の中、ファッション性を度外視したやけに分厚いメガネを掛けている。チグハグさににコメントせずにいられない。
「うん。コンタクトを切らしちゃって」
リックは後頭部をぽりぽり掻いた。曲がった口元は、なぜか気恥ずかしそうに見える。
「そんなことある?」
「正確には、ストックがなくなってたことを忘れてた。実験室にカンヅメでさ。バイトもないし、ずっとメガネだったんだ」
近くで見ると、レンズの端は劣化し曇り、フレームが古ぼけたメガネである。何年使っているのだろうか。
ステーションを出て、道を歩く。通行人は日々を暮らす住人たち。6区Iエリアの日常は長閑だ。
並んで歩くと、リックの方が視線を20度見上げるくらいに背が高い。
メガネのレンズの向こう側が見えた。いつもの景色がぐにゃぐにゃしている。
「メガネって、どんな感じ?」
「レニは裸眼?」
「うん。視力は両方2.0」
「すご!」
「リックは?」
「近視。マイナス10」
「?それって、どんなもんなの?」
「えーと。……たとえばさ」
リックはメガネを両手で外し、立ち止まってレニを見た。何かな、と待っていると、顔がどんどん近づいてくる。
「ちょっと、何?」
鮮やかなピーコック・グリーンの、虹彩の模様まで見える。綺麗だな、とぼうっとしてたら、スッと瞳が遠のいた。
「このくらい近づかないと、はっきり見えない」
リックはメガネを両手で戻し、にかっと笑う。
「まじ?」
「まじ」
歩き出す。6区の街は、ダクトの風で埃っぽい。
「死活問題ね」
「ほんとそう」
「買い忘れるって、そんなことある?」
「部屋の中だと、メガネの方が楽なんだ」
「どういうこと?」
「オンオフ切り替えできるっていうか。見えすぎると、逆に疲れる」
「ふーん」
店が並ぶ場所に出た。コンビニエンス・ストアに薬局。個人店の雑貨屋、タバコ屋、駄菓子屋に、年季の入った食事処。
「上の人たちは、みんな永久コンタクトだと思ってた」
あははっ、とリックが笑う。
「お金ないやつ結構多いし、学生は使い捨てコンタクトもメガネも多いよ」
「博士とかも?」
「ああ、多い。うちの教授は、僕より分厚いメガネを掛けてる」
リックを横から見上げる。あっちを向いた耳たぶが赤い。この人ほんとに猫みたい、とレニは口角を上げた。


