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時刻は14:30。リミットの1時間半前に、レニは屋敷の門のインターホンをビーッと押した。

門は内側に開き、通路のライトががポンポンポンッ、っと発光する。3匹の電気猫を入れたケースを腕を変えて持ち直し、レニは玄関へ歩く。


グリーンの庭園があり、噴水がある。そこかしこに電気蝶が舞っていて、何かの童話に迷い込んだ錯覚になる。

2層ウエスト居住区Aホワイト宅。玄関扉がオートでオープン。初老の黒服が一礼した。

「お早いですな。ありがとうございます」

「3回目ですから。電気猫の行動パターンは単純です」

ケースを受け渡し、いつも通り勤怠のやり取りをしようとウォッチの操作をしようとすると、黒服がやんわりと止めた。

「ほっほっほ。お時間はございますか?よろしければ紅茶でも」

仕事が早く片付いたから、時間はもちろんある。警戒の必要を数秒検討。まあ大丈夫だろう、と結論。

「お言葉に甘えて」

本物の紅茶が飲めるかも、という誘惑に負けた。地球のお茶で舌が肥えてしまったようだ。レニは良質なフレーバーの液体に目がないのだ。



本物の木でできた壁。本物の紙に描かれたイラスト。アース素材の糸で織られた絨毯。

そんな廊下を進んだ先の扉の中。レニは息を止めて視界の情報を整理した。

大きなガラス窓。レースカーテン越しのサンライトが照らし出す調度品の数々。テーブルセット。ソファ。チェスト。そして。

「ジュエレッタが、6体?すごい」

ほっほっほ、と初老のバトラーは愉快そうに笑った。レニは彼に顔を向ける。

「ここは、何の部屋ですか?」

「サロンでございます」

ご感想をお聞かせ願えますかな?と言われ、レニはもう一度ぐるりと室内を見回した。

クリーム色とブラウンを基調とした一室に、宝石女がそれぞれの場所を与えられ、座っている。時々重心や姿勢を変え、視線は自然に動いている。近づくとフォーカスが合い、ささやかなリアクション。

「天国みたいに綺麗だけど、もったいないかな」

「もったいない、とは?」

「リビングルームや自室に置くものなんじゃないかしら、と思うので」

黒服は静かに微笑み、レニに席をすすめた。しばしお待ちを、と彼は退室。

スイカみたいな髪をしたジュエレッタが同席している。レニは、机に置かれた製品紹介を手に取る。少しざらつく、本物の紙だ。



「アールグレイでございます」

目の前に置かれた陶器のティーセット。レニはうっとりと目を瞑り、湯気の匂いを吸い込んだ。多層的で複雑な匂いは本物の紅茶に間違いない。セール品のウォーターとは違うな、という感想を持つ。ケミカル・シーズニングのチープな香りも嫌いじゃないが、本物は格別。

「武術を嗜んでおられますな?」

黒服が聞いた。

「はい」

「差し支えなければ、お聞かせいただけますか?」

「アイキドウとカラテ」

数度の邂逅で見た彼の身のこなしは、何らかの達人に違いない。アジア圏がルーツなら、レニの武術に近いかも。カンフーなんかがしっくりくる。

彼は4つある座席のうち、エルバイト・ガールの隣、レニの向かいに腰を下ろした。

「お仕事は順調ですかな?」

「?」

紅茶を一口。濃厚。砂糖が入っているのか程よく甘い。このシュガーも本物だろう。

「もし良ければ、継続的な雇用をお願いできればと」

もう一口。熱めの紅茶をごくんと飲み込む。

「これはスカウト?」

「そんなところでございます」

レニは目を伏せ考える。ベターからワーストまでのケースを数通り想定。カーの声が浮かび、思い出されるジェンのこと。


『腹ペコも、喉が渇くのもヤダけどさ』

それはそう。絶対に。


『施しで生きるのはもしんどいんだってわかった』

これは、施しなのだろうか。


『善意のフルコースでブタになるのよ』

ええと、ブタって、結構かわいい。


仕事だからやってるだけ。

仕事じゃないならやってない。


ーー突入に7発。それだけ。

ーー私の命はそれだけだ。


そんな仕事じゃ、もう笑えない。


「私、殺しはやめたの」

「賢明ですな」


理論武装がなければできない仕事は、もうしない。そう決めた。


サロンに差し込むライト影は地球に似ている。

美しい調度品は、それぞれのオプションに影のヴェールを纏い、静かに息づいている。

紅茶の最後の一口。少し冷めて、苦味が強い。しかし、香りは柔らかい。


「ご安心くだされ。猫探しよりずっと割りのいい、しかも健全な仕事です」


優しい声。黒服はグレーの瞳に親しげな色を宿している。白い電気猫の瞳の色も灰色だった。

「ボディーガード?」

「教師です」

「何の?」

「体術の」

「誰の?」

9歳の子どもです、と彼は答えた。

「3ヶ月ほど前に、両脚をプロステティックに手術しました」

ホワイト家に子どもいたっけ?猫探しにそこまでの情報は不必要と、カーの説明を聞き流した。

おぼっちゃま、ご子息、とは言わなかった。子ども、という言い方には距離がある。だとすれば。

「貴方の仕事では?」

「いかにも」

「貴方のアシスタントをするってこと?」

「いえ。私が不在の際の代理を。話し相手兼、でございます」

なるほど。事情は大体把握した。

レニは、テーブルの上で両手の指を組む。

「この話は、私が女だから?」

「3割ほどは」

「残りは?」

「身体能力と判断力、任務完遂能力です」

即答の連鎖は小気味良い。私がブタになることは無さそうだ。

「オーケー。条件次第で承ります」

それでは、と彼はウォッチを起動させた。雇用契約書がポップアップ。

「申し遅れました。私は執事長のジャン・レイ。お名前をお聞かせいただけますかな?」

19_ あるいは水でいっぱいの海#03

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