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35_ My moon.#01

「ねえ、ハカセ」
「なんだい?ラジィくん」

2層Bエリア"ブラウンR/MS"1階診察室A。
ラジィは、月に2度の定期検診に訪れていた。今日は少し長丁場。数ヶ月後に装着しているプロステティックの取り外しをするので、あちこちデータを摂ったのだ。
ラジィの意向は決まっているものの、いろんな検査をしていると、色々と思うところがある。当たり前に歩けるようになった今、また車椅子の生活に戻るというのはかなり残念。寝たきり生活への不安もある。
それはそれとして、ラジィは聞きたいことがある。
「僕、今日もレイチェルに会えないの?」
「そうなんだ。ごめんよ」
前にレイチェルに会えたのは、3月だった。3ヶ月間、一度も面会できていない。
ロバート博士はレイチェルの実父の医者であり、科学者でもある。
「ハカセ。僕は、レイチェルのだんなさまになりたいよ」
ラジィとロバートの関係は、義足患者と主治医というよりは、家族ぐるみのお付き合いが正確。
「ありがとう。ラジィくん」
「なれるのかな?」
「大人になれば」
許嫁のレイチェルより、彼女の父のロバートと会う回数と過ごす時間の方がとても長い。
だから、ハカセの顔のちょっとの変化もよくわかる。
「ハカセ。僕、子どもだけど、レイチェルのことが好きなんだ」
「ラジィくん……」
ラジィ椅子にきちんと座り直して、膝の上で拳を握った。
「レイチェル、大人になれるの?」
ハカセはラジィの顔をじっと見た。やがて、俯き首を振った。
「……わからない」
心臓に氷が当たったみたいな気持ちになった。ラジィも俯く。
「……やっぱり、そうなんだ」
グレーの膝小僧がぼんやり見える。
なんでかなあ。
僕の脚も。
レイチェルの病気も。
4歳の歳の差も。
どうしてなのかなあ。
ロバート博士は回転椅子の座面を下げて、自分の膝に肘をついた。ラジィの近くに顔を寄せて、銀縁の眼鏡を取る。青灰の瞳がラジィを見つめる。
「月病なんだよ」
「ツキビョウ?」
前に、レイチェルは"アルビノ"って自分のことを言っていた。センテンセイハクヒショウ。ハカセの言ってる病気の名前は、また別なのかな。
「20年前にムーンバレーの全階層で大流行した。パンデミック。でも、15年前にワクチンができて、誰でも治るはずなんだ。月病の患者は存在しないはずなのに」
押し殺した悲痛な声。
「レイチェルは、そのワクチンが効かないの?」
「生まれた時から白い髪と赤い瞳。……アルビノは、月病の末期症状なんだ」
大人の人の、こんな声を聞くのは初めて。
だから、わかる。
ハカセは一生懸命やったんだ。
レイチェルは、生まれてからずっとあの部屋にいる。僕がお部屋に入る時は、耳の中も爪の間も、まつ毛の一本一本まで残さず洗う。26回かけて。
「ワクチンは効かない。免疫機能もない。アレルギーで、食べられるものはほとんどない」
治らないんだ。14年間。ずっと。

ーー私、もしも病気が治ったら、お姫様だっこして欲しいわ。

……そんな日、僕らには来ないんだ。
ぎゅっと瞼を閉じて、数を数える。僕、男の子だもん。泣かない。
「レイチェル、ブルーベリーキャンディが好きだよ」
「キャンディだけ、食べられる」
「この前ね。涙の味はしょっぱいんだね、って言ってた」
「ビデオで見たよ。……嬉しかった」
ロバート博士はくしゃっと笑った。お父さんの顔だ、とラジィは思った。
「ハカセ。僕、大人になれなくても、レイチェルと結婚したい」
「……ありがとう」
ハカセが右手を差し出した。握手だ。僕は服で手を拭いてから握った。
大きな手。カサカサしてる。少し冷たい。
力を込めてぎゅっと握る。
僕、この人が僕のお父さんなら、きっとすごく嬉しい。ハカセとなら、レイチェルのこと、きっとたくさんお話できる。
「今度、レイチェルにいつ会えるかな?」
「具合によるんだ。レイチェルが元気な日を、必ず君に知らせるよ。ラジエル君」

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