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26_ハロー、ワールド#01

2252年1月。
ホワイト家応接室。

「わたくしが本日参りましたのは、マリアンヌ様のお願いがあってのことです」

クララ・ムーンライト。
150cmの小柄な肢体。その脚は宝石をあしらった高性能プロステティック。今は春色のシンプルなデイドレスで、赤いバレエシューズの爪先しか見えない。
ムーンバレーのトップバレリーナであり、ムーンライト家の女主人である。ラジエルとは一度、舞台観覧のアフターディナーを共にしていた。
「おばあさま?」
ソファに姿勢よく座るラジエル。服は来客用のロング・パンツのフォーマルスーツ。
クララはゆっくり瞬いた。珊瑚色の長いまつ毛が頬に紗々の影を落とす。
「ラジエル様。何か聞いていませんか?」
「えーと……。思い当たるところはないです」
「そうですか」
クララは膝の上で重ねた手の上下を入れ替え、ギュ、と握った。
「プロステティックについて、ラジエル様にお伝えしなければいけないことがあります」
瞳の色は勿忘草。硝子玉のような双眸。
「今の脚。期限があるのはご存知ですか?」
「はい」
「選択が必要です」
「はい。それは、知っています」
「この半年が限度。決めていますか?」
「悩んでいます」
「なぜ?」
ラジエルは、膝の上の両手を握った。
「僕、前は歩けない子でした」
「はい。伺っています」
「今、歩けます。少しなら、走れます」
「そうですね」
「このままでいい気もするし、絶対、いけない気もしています」
クララはゆっくり2度瞬く。桃色の唇が弧を描く。
「そう。ラジエル様は、ダンサーではない。歩けるのなら、特に問題ないのではありませんか?何を悩んでいらっしゃるの?」
応接室の飴色の調度品が、雪として音を堆積させるような時間。
ラジエルは口を開く。

「僕、レイチェルのだんなさまになるんです」

クララは頷く。
「レイチェル様とのこと、存じています。でも、それが脚と、何か関係ありますか?」
「うん。僕、駆けつけなきゃいけない」
「何に?」
ラジエルはクララのブルーの瞳を見つめる。
「レイチェルが死んじゃう時、間に合わないのは困るんだ」
静かな部屋。遠くで猫が1度鳴いた。
「……そう」
「うん。そうなんです」
「脚でしたいことは、それだけですか?」
「僕にとっては、それが一番大事なんです」
「そうですか」
クララは両手の上下を再び代えた。
「ラジエル様。わたくしの脚を、ご覧になって」

クララは立ち上がり、スカートのボタンを外した。シンプルなデイドレスが、華やかなレオタードに変わった。

両脚は白磁。
等間隔に埋め込まれた七色の宝石飾り。
しなやかな曲線。
軽やかな爪先。

プロステティックの両脚は、芸術品のように精美だ。

クララがレオタードの端に、右手の揃えた5指を上向きに当てた。
「わたくしはこのように、大腿骨でプロステティックを神経接続しています」
「はい」
「ラジエル様は現在、大腿部の中ほどで接続していますね」
「はい」
「ラジエル様は、近い将来、どちらか一つを選ばなければなりません」
「どちらか一つ?」
「はい」

「今のまま?それとも、私と同じになりますか?」

「クララさまと同じにするっていうのは、残りを切ってしまう、ということですか?」
「そうよ」
「それって、今と何が変わるんですか?」
「見た方が早いわ」
クララはバレエシューズを解き、素足のアン・デュ・オール。

クララの右手が胸の上から天に伸びる。
羽根のように翻る手のひら。
左脚が気配なく後方へ。
レヴェランス。
クララは踊る。
プリエ。
タンジュ。
ピルエット。
グランジュッテ!

ラジエルは首を反らせてそれを見た。なんて高さ。踵が見える。

踵に、宝石飾りはない。

クララの爪先が、掛け椅子の背にスッと降り立つ。椅子は微動だにしない。完璧な重心コントロール。
舞う羽根のようなクララの指。
珊瑚の唇が開く。
「こういうことよ。ラジエル様の脚にできる?」
「僕には、できません……」
クララは、雪のように音もなく床に降り立った。床のスカートを拾い上げる。
「代償は大きい」
パチン、パチンとボタンを留める。
「最低でも4年間。ベッドと車椅子に縛られる生活を送らなければいけないわ」
「今のままなら?」
「成長に合わせて調整していく。歩くことも、走ることもある程度はできるけれど……」
腰を折り、バレエシューズを足に嵌める。
クララはすっと直立した。くるりと半回転。パラレルの立ち姿でラジエルに向き合う。
「貴方はどこまで手を伸ばす?」
「手を伸ばす……?」
勿忘草の瞳が見据える。高い温度の炎のように。
「フィアンセの死に目に会うための脚?そんな決め方ってないわ」
ラジエルは息を呑む。クララは続ける。
「車もジェットもあるの。間に合うか間に合わないかに、脚は関係ないのよ」
下げたクララの両手が、両腿の辺りで握られる。左手が、フレアスカートを膝の上までたくし上げる。
「貴方は歩きたい?走りたい?それとも跳びたい?泳ぎたい?」

「何を目指して?」

「地球?火星?ガニメデ?それとも地球からの月?」
クララは屈み、自身の脚線を人差し指ですっとたどる。人差し指はピンと伸びた腕の先。握り締められる拳。
「私は、この脚で星を掴んだ」
クララは月の光の中で踊る。回る。跳ねる。宝石に彩られた、超弾性合金の義脚で。
エトワールは、掴んだ星を胸に抱く。

「貴方は何を掴みたい?ラジエル」

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