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33_トリプル・トポロジーズ#04

「ようこそ。ホワイトだ」
「キンドレッドです」

長机の向こうとこちら。目測距離は約6メートル。対面で会話をするには遠すぎるな、とリックは思った。
ラファエル・ホワイトは、40歳くらいの男性。中肉中背で、ヘアはブロンド。瞳の色はよく見えないが、寒色系。スーツの生地がとても高そう。天井には、100キログラム以上はありそうなシャンデリアが4つ吊り下がっている。
とんでもないお金持ちだな、とリックは先ほどのラジィの話を思い出していた。
ホワイトがテーブル上に電子画面を展開した。ウィンドウは6つ。
戸籍と大学とバイト先はわかるけど、後は何のデータかな、とリックは考える。
「セントラルの学生だね。工学部土木工学科。ストレートの5回生。卒業まで3年。奨学金はしていないとか。なぜアルバイトを?」
「あまり、お金がないので」
ホワイトがウィンドウを一つ手元に引き寄せた。
「キンドレッド博士は火星だね?仕送りの額は?」
生々しい話になってきたなあ、とリックは頭の中の家計簿の収支ページを参照する。
「140リベカ」
「寮生活なら余るくらいだ。一人暮らし?」
「はい」
「なぜだい?」
「1人の時間が欲しいので」
ホワイトが、上目遣いにリックを見た。距離は遠いが、上から下までじろじろ見られて落ち着かない。服はバイト着だから問題ないはず。帽子で髪に、変な癖がついたかな。
「……なるほど。私も2年ほど寮生活をしていたよ。事情はわかる」
「事情?」
「器量がいいと、苦労が多くて大変だね」
「?はあ……」
ホワイトは、別の画面を顔の前に配置した。視線が外れてほっとする。
「家賃は?」
「40」
「学費は?」
「50」
「食事を含めた生活雑費は?」
「30」
「あとは?遊び?」
「教科書と、個人研究の費用は自腹なんです」
「足りているのかい?」
「だからアルバイトをしています」
ホワイトが、リックに視線を向けた。さっきと違い、今度はカミソリみたいに鋭い。
「変なバイトはしていない?サーチャーだけ?」
何のことか察したけれど、感情処理をシャットダウン。このくらいは、この規模の雇用主なら当たり前の心配だろう。
「はい」
「アルバイト代は?」
「10から25」
「学生で君の容姿なら、桁が1つ違わないか?」
不快指数が急上昇しているが、ここは堪える。言い方はともかく、必要な情報だ。
「チップは受け取っていないので」
「なぜだい?」
「なんとなく、です」
「潔癖症だね。なるほど。わかった」
現在表示しているウィンドウを全てクローズ。新たに一つ画面がオープン。四辺の青い白の面。おそらく、雇用契約書。
「猫探しなんかやめて、うちに来なさい。週1回以上。できれば週2回。固定給で月100リベカ出そう。週2を超えれば時給5リベカ追加で支払う」
「これは、何のスカウトですか?」
ホワイトが、面談開始から初めて口角を上げた。
「家庭教師。うちの子どもに教えてくれ」
「ラジエル君のことですか?」
「そうだ。脚が悪い。学校へはやれないから」
言い方が非常に気になるが、よその子、という感じではない。この家の子どもとして、目の前の男はラジィのことを話しているのはわかった。
「専門の人がいいのでは?」
「キンドレッド君はセントラル・アカデミーの入学試験オールAの首席だろう?君より頭のいい家庭教師は、専門教師じゃ見つからない」
そこまで言われると、断る理由も特にない。
「わかりました。条件を聞きます」
「報酬は先の通りだ。いつ来れる?」
「平日は学校があります。火曜と水曜の午後と、実験がない日の18:00以降に来られます」
「土日は?」
「日曜日なら。でも、個人研究があって毎週は難しいです」
「できれば、土曜がいいんだけどね。日曜日は、ラジィを連れての会食が度々入るから」
「土曜日は空けておきたい。大切な日なんです」
「何の用事?」
「それは、えっと……」
デートです、とはちょっと言えない。でも、誤魔化すのもできないし。
ホワイトが、机の上で両手の指を組んだ。じっとこちらを見据える瞳。今気づいた。青色だ。
「彼女とデート?」
「……え?」
ぞわ、と背筋が粟だった。
知ってて?
なぜ?
目的は?
ホワイトは、バン、と机を手のひらで叩き大きな声で3回笑った。
「勘で言ったら当たったかい?君のような青年に、彼女がいないわけないからね」
「はあ」
なんだ。レニのことは知らないのか。
リックは揃えた指で額の汗を拭った。
「何も1日君の予定を拘束しない。朝か昼の2時間だけでもどうだろうか?うちの日曜日が空いていれば、土曜の勤務をスライドしなさい。平日も、君の予定に合わせて柔軟に対応しよう」
勉強を教えるのに、そんなに不規則でいいのだろうか。カリキュラムを体系立てて進行するのが難しそうだが。
「私がいない日、夕食時に2時間だけでも来てくれないか。ラジィが1人で食事をするんだ。ジャンはいるが、彼は執事だから」
なるほど。メンタルケアがメインなんだ。
「それならできます。シフト調整の連絡は誰に?」
「ジャンに頼む。彼がうちの一切を取り仕切っているからね」
「わかりました。お受けします」
ホワイトがウォッチを操作し、リックに契約書が届く。オープンしてサイン。ウィンドウがクローズする。
「君のような若者が来てくれると、とても助かる」
初対面なのに、ここまで好意的なのは不自然ではないか、とリックは思った。
「僕が、セントラルの首席だからですか?」
「それもあるが、君は子どもが好きだろう?」
「そうなんですか?」
「懐いていると聞いている。ラジィに敬称も敬語もいらない。兄のように接してくれると嬉しい」
この人なりに、ラジィのことは気にかけているんだな。あの子のためなら、協力したい。
「僕の、普段通りの話し方でいいですか?」
「ああ。気兼ねはいらない。ラジィにはさみしい思いをさせている。話し相手が置物だけでは、と思ってね」
……なんだろう。ぞわっとした。
ずっと感じていたことだけれど、この家、どこか変だ。
「置物?」
「ジュエレッタ。いや、違うな。ジュエロン」
「ジュエロン?」
「少年タイプの試作品だ。ラジィがあれに話しかけてばかりいて、心配しているんだよ」
ラジィの話し相手を、この男は今、"あれ"と言った。
リックは、レニの家のモリーのことを思い出した。笑った顔がレニにそっくり。モリーの歌を、レニは時々口ずさむ。
人間ではない。それは確か。でもさ。
リックは膝の上で拳を握る。

言い方って、あるじゃんか。

「独り言が多すぎるのでは、と思ってね。君を雇うことにした」
「……そうですか」
独り言って……。
……そういう言い方する人なんだ。
「平日は他の教師もくる。調整して、ジャンから君に連絡するよ」
はっと顔を上げる。レニのことだ。
「武道の先生ですか?」
「ああ。元ポンプだ。君のシフトと時間はずらす。顔を合わせることは絶対にないから、安心しなさい」
氷が、背中を滑り落ちた感じがした。発声しようと口を開く。喉のコントロールが上手くいかない。

「それって、どういう意味ですか?」

声が掠れた。しかし、向こうに届いたらしい。ホワイトは眩しい笑顔をこちらに向けた。

「君は、将来有望な若者だ」

だから?

「あれは6区の若い女だ。遠目で見るとなかなかに美しい。何かの弾みで、君のキャリアに傷がついてはいけないからね」

……。
……。
……こいつ。

「……ホワイトさん。武道の先生の名前を、僕に教えてもらえませんか?」
「知る必要はないだろう」
「知り合いかもしれない」
「そんなわけがない。3層のポンプだ」

目の奥がチカチカする。こめかみが音を立てて脈打っている。頭の回路が断線を始めてる。

息を吸う。息を吐く。目を瞑る。堪えろ。今日はあとこれだけ聞いて、立ち上がって、礼をして、ドアを開けて、何も言わずに帰るんだ。どんな答えが返ってきても。

「ホワイトさん。その人の名前、知らないんですか?」

1秒。2秒。3秒。
噛み締めた奥歯が痛い。
溜息が聞こえた。

「なんだったかな。忘れてしまった。後でジャンに聞いておくれ」

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