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28.5_Мы

「なあ、リック。例の彼女が6区住みってホントか?」
ウドンがぼとりとスープに落ちた。
12時過ぎの学食は、混雑による通奏低音がBGM。時間帯のせいで満席である。
スタンディング・エリアで冷たいウドンを立ち食いしていたリックの隣に、ピッポが肩を滑り込ませた。彼のトレイには、サバカレーとスプーン、水が乗っている。
「ピッポ。どうして知ってるんだ?」
レニのことは、ピッポ以外の誰にも一度も話したことはない。大学で1番親しいピッポにだって、名前も教えていないくらいだ。
「この間の日曜な」
ピッポは肘をつき、リックに顔と重心を向けた。
「ライカのファンが、お前をつけてるライカをつけて。その日のことが、でかい噂になってんだ」
ライカ、また6区に来たのか。レニに助けてもらったことを忘れたわけじゃないだろうに。
しかし、レニからライカの心の内を聞いた手前、その無茶には少しばかり責任を感じる。
リックはウドンをずずっと啜った。
「へえ」
「何も言わんの?」
「意味ないし」
「あのさ、やなこと聞くけど、怒るなよ。遊ばれてるとか、たぶらかされてるとか、騙されてるとか、カモにされてるみたいな、それはないか?」
ハシを置く。ちょっと食べる気になれない。
「………………あのさ」
「怒るのはわかるけど、大事なことだから俺には、はっきりさせてくれ。美人なんだろ?ゾッコンなんだろ?恋は盲目って知ってるか?貢いだりとかそんなんは?高いもんを買わされそうになったとか……」
「ない」
「なんだそうか。だったらいい」
問答はあっさり終わり、ピッポはカレーを食べ始めた。冷めかけのルーに、薄く油膜が張っている。
「ピッポ、心配してくれてる?」
「そーだよ」
「僕が騙されてるんじゃないかって?」
「うーん。そっちのほうは実はそんなに。一応言語化確認しただけ」
リックはハシを取り、食事を再開する。
わだかまりを残さないように言いにくいことを言ってくれたらしい。喧嘩になってもいい覚悟で。
いいやつだな、とリックは思った。
「レトリバーの彼女が、メガネに優しいギャルって知ってっから」
カレーのサバだけを食べきってから、ピッポは言った。
「ギャルじゃないよ」
「ものの例えだよ。ギャルっつーのはモテない男の女神なんだ」
そう言って、ピッポはルーとライスを搔き込む。リックもウドンを頬張った。
あれ、そういえば。
「ピッポ。さっき言った、そっちの方は、って何のこと?」
「ああ、忘れてた。これがまた大騒ぎだよ。リックの件は、俺にとっては一大事だったが、でっけー噂のおまけみたいなもん」
「でけー噂?」
もぐもぐ、ごくん。ピッポはつまんだスプーンをチ、チ、チ、と左右に振った。
「ライカが悪い男に騙されてるぞー、って」
「なにそれ?」
ピッポは水を飲んでから、一度左右を確認し、声を潜めて話し出す。
「その目撃者AアンドBの話によるとだな……。ライカ、なんかやたらチャラチャラした男にナンパされて、怪しいカフェに連れ込まれて、所持品を物色されていた、みたいな」
「それ本当?午前中にライカを見かけたけど、いつも通りに見えたよ」
事件性の強い言葉選びは、どこまで事実なのだろうか。ピッポが肩を竦める。
「俺もよーわからん。でも、ライカって天然だろ?槍が降っても天が落ちても、しれっとルーティン優先しそう」
「そうかな」
「あと、うまそーなチョコレート・パフェ食ってたって」
「今その情報いる?」
ピッポが、"ムンクの叫び"の真似をした。スプーンで宙に円を描く。
「よーするに、だな。全部すっとばして現状を要約すると、ライカファンの連中は、こぞってお前を応援してんの」
「応援?何を?」
ピッポがははぁ〜と両手の平を恭しく合わせて背中を丸める。
「ライカとリックがくっつきますようにー、って」
?????
ぼとり。
「へ?なにそれ?どういうこと?」
再度スープに落下したウドンをハシで掬う。もう何が何やら。ピッポはスプーンを置いて、ハンドジェスチャーで解説を始める。
「だからな。こういう思考回路。他の男にオレらのマドンナライカちゃんを取られるのは癪だけれども、陽キャナンパ男(色男)より、無自覚爽やか好青年(メガネ男子)の方が5億倍マシ、って」
理解不能な屁理屈に、うわぁ、とリックは顔を顰める。
「取られるとか……ライカはものじゃないよ」
「うん。そういうところだぞ」
うんうんうん、とピッポは腕組みをしてなぜか満足気である。そして、リックのメガネのブリッジをえいやっ、とつついた。鼻当てがめり込み地味に痛い。
「そのクソダセーメガネ。あいつらイケメン大嫌いだけど、それで全然許せるって」
「許されるも何も……」
そこでリックは思い出した。レニが言ってたこと、確かめないと。
「ピッポ。……もしかしてだけど、ライカは僕のことが好きなの?」
「今更。知らんかったん?知らんかったな」
即答とセルフツッコミのコンボ。え、ほんとにほんとのこと?
「ピッポ知ってた?」
「このガッコで知らねーやついねー」
まじか、とリックは額に左手を当てる。
「え……そうだったんだ……」
全然気がつかなかった……。
「てか、ライカの態度はあんなにわかりやすいのになぜ気づかん?お前に夢中じゃん」
「他の人にも、ああいう感じだと思ってたから」
「んなわけねー。キャドりすぎだろ」
思い当たる節が、次から次へとフラッシュする。男子学生の冷たい視線をそういや時々感じてた。何もしていないはずなのに、なんでかなーと思っていたが、そういうことか。
「だからピッポ、僕によくライカの話してたのか?」
「おう」
「知らなかった……」
ピッポは大仰に肩を竦め、両手の平を天井へ向けた。
「手応えなきこと葦のごとし。バイトない日は平気でメガネで学校来るし、女に興味ないのかなーと思えば、急に彼女できてさ。俺、ぶったまげたよ。しかも年上。社会人。あと、これは今日知ったけど6区住みだろ?あ、怒るなよ」
「怒らないけどイラッとくる」
リックの返答に、ピッポは肘をついて顔を寄せた。
「あのな。悪い女に引っかかってないか、実は初めから心配してた」
「初めから?」
ピッポに初めて話したのは、初デートの前日。好きな人ができたってことと、レトリバーに似てるってこと。あとは、着て行く服はどうしようか、ってことだ。
「お前、優しすぎるから。純情だし、金もねーし。年上の女に都合よく利用されてたらヤダなと思って」
リックは、出会いについてピッポに話しておけば良かったな、とウドンを啜りながら思った。一度会っただけの名前も知らない女の子に、こっちから声をかけてアドレスを交換したんだって。普段の僕を知ってるやつなら、絶対想像できないもんな。
静かで穏やかな眼差しはアーモンド型のスミレ色。振り返って見た後ろ姿に目が離せなくて、それからずーっと瞳の色が、頭の端でチカチカしてた。
家に帰って後悔したんだ。名前を聞いときゃ良かったなって。
また会えて、レニ、って名前を知って、いろんな話ができるようになった。
僕はリック。レニはレニ。それでいいと僕は思う。
ウドンを食べ切り、リックは水を一気飲みした。麺類は提供が早く補給が簡易なところがいいが喉が渇く。
ガヤガヤガヤ、と食事を終えて離席する周囲の音が聞こえてくる。3コマ目開始まであと10分ちょい。
「今度紹介するよ」
リックの言葉に、ピッポの時間が3秒止まった。
「まじ?」
「うん」
こんなに素直に笑えた自分が不思議だな、とリックは首の後ろを指で掻く。
そっか。誰かに知って欲しかったのかもしれない。僕が好きな人のこと。こんなに夢中になるくらい、なにもかもが特別なんだ、ってこと。
「美人?」
リックは思わず吹き出した。ピッポのこの質問は12回目だ。
「とびっきり」
「やべ、何着てこう」
「あはは、そうなるよなー」
ピッポもカレーを完食した。2人でトレイを手に、返却口へ移動する。次のコマまであと7分。

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