「よお、レニ。いたいた、色黒のあんちゃんも」
「レニドレスかわいー」
「すげー!イケメンだー!」
カウンターに近づく壮年の男性1人と子ども3人。年長の少年はアッシュグレージュ、女の子は亜麻色、1番小さい5歳くらいの男の子は、ライトブラウンの髪色である。
リックが45度ほど身体を前に傾けた。
「こんばんは」
「オッチャン、いらっしゃい。珍しいね」
レニがにこやかに座席を示す。男性はカウンターの一席、レニの前に腰を下ろした。
「オヤカタに、レニの彼氏がいるって聞いてよ。チビども連れて見に来たよ」
「ちぇ。オレがレニと、ケッコンするつもりだったのにさー」
アッシュグレージュの少年が頭の後ろで手を組んでぼやく。レニはカウンターに両手をついて視線を合わせた。
「あら。そうだったの?悪いわね」
リックもレニと同じ視線になり、少年に向け口を開く。
「決闘は僕の勝ち」
「わかってるよ!くっそー、オレ、修行する」
レニが上半身をパッと起こした。目を丸くしてリックを見つめる。
「あら、リック。決闘の相手ってソルだったの?」
「うん」
「あ、リク兄それ言ってねーんだ。ちょっとカンドー」
ソルが呟く。レニは俯き加減で頬に右手を当てた。
1秒。2秒。3秒。
「……ねえ、リック」
ズザッ。
実際に音がしたわけではない。しかしレニのヒールが床を踏み締める擬音が、見ていた人には確実に聞こえた。
「は、はい」
「お?なになに!?レニ、なんかカッケーこと言う!?」
レニの青紫の瞳が、らんらんと、こうこうと、きらんきらんと輝いている。
リックとソルが、ごくりと唾を飲み込んだ。
「やっぱり私、諦めきれない。あなたとすっごく手合わせしたいわ!」
「あ、やっぱり」
「あっはっは!やっぱレニだなー」
スッ、とレニがリックと距離を詰める。リックは両手をホールドアップ。こめかみにたらりと汗が伝った。
「どうかしら?ちょっとだけ。30秒だけ!いいえ、15秒でいいの!」
リックの瞳が瞼の縁をランニングした。
ぐーる。ぐーる。2回転。
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
腕組みをして、ものすごく長い唸り声を発した。なかなかの肺活量。
ソルが椅子に膝立ちになり、カウンターに乗り出した。リックのベストをぐいぐい引っ張る。リックはソルに耳を寄せた。
「ちょいとリク兄!レニがここまで言ってんだぞ?手合わせの1回や2回、やってあげろよ!」
「いや、レニに脚を出すのは……」
「リク兄、蹴り当てねーじゃん。あれ、ブドーっつーか踊りだし。このこのー!レニと一緒にダンスしろよー」
レニの瞳がきらんと光る。カウンターに肘をつき、ソルに向かって重心移動。
「ダンス?ソル。詳しく教えて?」
「おう!レニの頼みなら!えーと、なんかシュッシュッシュワー!ザシュッ!って感じ!風みてえ!」
ソルの上半身の実演に、レニはふむ、と頷いた。
「なるほどね」
「レニ、今のでわかるの?」
リックが聞く。レニは右手の人差し指をピンと立てる。
「Don't think, feel.」
「あ、それ気に入ったんだ」
ソルがぴょーん、と床に降り立つ。床を踏みしめ、拳を握る。
「レニかっけー!!ライカみてえ!!」
リックが目を丸くした。
「ソル、ライカと知り合い?」
「おうよ!コクハク現場に立ち会ったぜ!」
「「コクハク?何のこと?」」
1秒。2秒。3秒。BGMの弦楽器が3人の間に3小節分鳴り響く。
ソルがバッと右手を口の近くで広げた。次元を問わず共通の、失言ポーズである。
「あっ!……オレ、なんかまずった?レニ!リク兄!ここはひとつ、聞かなかったことに!」
レニとリックはじいっと互いの顔を見つめた。
どゆこと????と相手の顔に書いてある。
「告白って、愛の?」
「ライカ、誰に?」
パンパン、パン。クラップ・ハンズ。様子を眺めていたオッチャンが、にこやかに言う。
「ほらほら。バーテンさんたち、仕事してくれよ。俺はハイボール。チビどもにはオレンジジュースを頼むよ」
「あ、かしこまりました」
レニは冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出す。
「お子さんたち、氷は?」
「オレいる!あとの2つはナシで!」
「はい、かしこまりました」
リックは4つのグラスを等間隔に並べた。
「こないだ店に来た時よ。えらい馴染んだ観光客の若夫婦だと思ったら、片っぽはレニだろ。いやー、驚いたよ」
ハイボールの最初の一口をごくごく飲んで、オッチャンは言った。子どもたちは、エラのところで静かにしている。
「ふふっ。ありがと」
オッチャンは、リックに顔を向けた。にしゃっと笑い、頬杖をつく。
「いい男だなあ。ナオちゃんと張るね。あんたさん、名前は?」
「リックです」
「リッちゃんか。レニ、どこで出会ったん?ここの人じゃないだろ?」
「彼、猫を探していたの」
「ほー。サーチャーな。レニも時々やってるけど、同じ派遣か?」
レニがリックに視線を送る。ぱしっと目が合う。
「私が言っていい?」
「僕が言うよ。アルバイトです。学生なんだ」
オッチャンはポカーンと口を大きく開いて3秒止まった。
「すっげー……。おいレニ、このこのぉ!いい男をつかまえたなぁ」
リックが、へへっ、と頬を掻く。半身を向けてレニを見る。
「捕まえたのは僕かな?」
レニはふふっ、と歯を見せ笑った。レニの右手首がくるりと回転。リックを示す。
「彼、私を駅でナンパしたのよ。やあ、1人?って」
ハイボールを飲んでいたオッチャンが、吹き出しそうになりつつグラスを置いた。コースターに半分くらいは乗っている。
「ナンパぁ!?ほー……。んー……?リッちゃん真面目そうだが、軽いんか?」
リックはにかっと歯を見せ笑った。目元を柔らかくしてレニを見る。
「あははっ、あんなの生まれて初めて。レニから目が離せなくて、つい」
レニはカウンターに肘をつき、背中を反らせた状態で立つ脚をクロスさせた。リックが赤い耳で向こうを向く。レニは腰を伸ばし、えい、とリックの耳を触った。
「オッチャン聞いて?この人ったら、初デートでメガネをかけて6区に来たのよ」
オッチャンはまたもやポカーンと口を開け、やがて、ぷっ、と吹き出した。
「あっはっはっは!!見かけによらず大間抜けだなぁ。……うんうん、こうして並ぶと似合いの夫婦だ。結婚したら知らせろよ」
「気が早いのね」
ハイボールの氷が音もなく崩れる。オッチャンはグラスを持ち上げる。
「約束は早い方がいいんだよ。コータのこともあったろう?いつくたばるかわからんからな」
子どもたちが駆け戻ってきた。


