「レニ、あれなに?」
「バルーンを配っているのよ」
「バルーン?なにするやつ?」
「持って歩くの」
「どうして?」
「さあ」
「へんなのー」
マリアンヌとのランチの、ラジィ送迎の護衛だった。ホワイト家からエアカーで送り、待っている間はスタッフルームでマクノウチの仕出し弁当を食べさせてもらった。あとは帰るだけ。本当に、割りのいい仕事である。
今は「お散歩したい!」とラジィが可愛くおねだりし、根負けしたマリアンヌに許された30分の散策タイム。レニはこの辺りに仕事で何度も来たことがあるけれど、地上をこうしてぶらぶら歩くのは初めてである。バルーン配りやストリート・パフォーマー、ドリンクやアイス・バーの出店。ラジィと同じく、見るもの全てが新鮮だ。
「レニ、あれ見て!」
ラジィが指差したのは、セントラルタワーの大型光学ディスプレイ。白いジュエレッタが雪景色の中に佇んでいる。
ーーProduct Name: Okenite Girl
製品紹介と発売予定日のクレジット。風の音のリズムに合わせて出現する文字列の点滅を、レニとラジィは立ち止まり眺めた。
「綺麗ね」
「うん。ああいうコマーシャルってお金がかかるんだよね?ジュエレッタのお店、儲かってるんだねー」
「ラジィは時々、大人みたいなことを言うね」
「おじさまとおばあさまの前では言わないよ」
「そうなの?」
うん、とラジィはとても大きく頷いた。そして再び街頭ビジョンへ視線を送る。
「いい子にしないと、家族じゃなくなるかもしれないから」
「……そう」
ジュエレッタの白い瞳は雪花石膏。焦点がはっきりしない切長の流し目は、静謐なのに蠱惑的だ。
レニはラジィを促し、2人並んで歩き出す。この辺りの歩道は、観光向けに光学タイルとガラスでできている。重力を感知して、白、黄、青のランダムに発光するのだ。
「ユキオンナ、って知ってる?」
「なにそれ?」
ラジィの足元がポンポンポン、と青く光った。
「地球の物語。雪の精が、人間の男に恋をするの」
タンタンタンタン。踏んだタイルは白、青、白、黄。
「うん」
「決して、フスマを開けてはいけません」
「フスマって?」
「木でできたスライドドア」
「へー。お金持ちだね」
「いえ。とても貧しいのよ。地球では、木はどこにでもたくさんあるの」
「えーっ!」
ポン、ポンポン。黄、青、白。
「それでね。毎晩、閉じたフスマの奥で彼女はハタオリするのよ」
「ハタオリ?」
「自分の羽で布を作るの」
「自分の羽?」
ポン。白。
「ユキオンナの正体は、白い鳥なんだよ」
「へーっ、さっきのジュエレッタみたい」
「うん。私も似てると思う」
タン、タン。白。青。
「で、最後はどうなるの?」
「男はフスマを開けてしまう」
「ダメって言われてるのになんで?」
「お話だから」
「ふーん」
ポン。黄色。
「ユキオンナは別れを告げて、鳥の姿で雪の中を飛んでいく」
「そのあとは?」
「そこで終わり」
「へー」
青、青、白。
「どうして、やっちゃいけないことをしちゃうのかな?」
「ほんとね」
白。


