「レニレニレニレニ!聞いたよ〜!」
ホワイト家への通勤経路である公園を歩いていると、エプロン姿のジェンが満面の笑みで駆け寄ってきた。アイスクリーム屋の開店時間のはず。いいのだろうか。
「聞いたって何を?」
「またまたぁ!デートしたんだって?彼氏できたんなら言ってよー! 水臭いんだからぁ」
ジェンがレニの肩をハグ。すごい喜びよう。ええっと……。
「待って、ジェン。ランチデートをほんの1回しただけよ」
「えー? 1回きり? それで終わり?」
腰に手を当て、上体を90度に傾けたジェンの上目遣い。なるほど。たじたじ、ってこういう心境のことなのね。
「そういうわけじゃないけど……」
「メールは?」
「毎日」
「へーっ! ねえねえ、どんな人?年上? 背は高い?」
「1コ下。身長は……。目測だけど、私より15センチくらい高いかな」
「ワオ理想的!何系?」
「アーリア系」
「お〜、エキゾチック。うんうん、お似合い」
「ジェンったら……。そもそも、なんで知ってるの?」
ジェンはウォッチをポンと叩いた。通信履歴がポップアップ。あ、前の土曜日16時37分。
「ナオキのメール。あとテレフォン。あいつ大喜びだった」
「まったくもう。ナオキは私のお父さん?」
「兄貴のつもりなんじゃない?」
今朝は早く家を出たので、仕事の時間まで15分ほど余裕がある。レニはジェンと近くのベンチに隣り合って腰を下ろした。
「2人が応援してくれるのは嬉しいけど、気がかりなこともあるの」
レニは組んだ脚の膝の上、両手の指を交差して、親指をくるくる回す。
「何?」
「彼、セントラルの学生さんなのよ」
「わー……、すごいエリート。でも、それがどうしたの?」
「私は、釣り合わないんじゃないかしら」
顔を上げて隣を見ると、ジェンが目と口をまん丸くしてレニを見ていた。
「レニ、そんなこと考えてるの?」
「うん」
「ちょっと意外……でもないか。なるほどねー」
ジェンはベンチの背もたれに身体を預け、右腕を後ろにだらりと下ろした。視線は上方。ドームのスクリーンはスプリング・ウェザーのアオゾラ。
「でもさー。その子、初デートで6区にわざわざ来たんでしょ?」
「うん」
「だっさいビンゾコメガネをかけて。っていうか、それなんで?」
「コンタクトのストックを切らしてたって」
「マイナス10の近視でしょ?そんなことある?」
「私も同じことを言った」
そこで、レニはあれ?と思った。
「ジェン、どうして度数のことまで知ってるの?」
度数の話は、2人で歩いていた時だ。ナオキがいた時、そんなこと誰も言っていない。
ジェンは、ぱち、と大きく一度瞬きをした。ブルーの瞳をソラへと向ける。
「えーと。これ言っていいのかな……。ま、口止めされてないし、いっか」
口止め?なんのこと?
「この間の土曜日、ナオキの店に来たんだって」
「え」
頭が真っ白。
……ってこういう時のことなのね、と他人事みたいな感想を抱く0.3秒間。
「そっか。……うん。そうだよね」
本人に聞けないことは知り合いに聞く。そんなの当たり前のこと。
「メガネ持ってきたって」
「ん??どういうこと??」
あれ?思ったのと違う。私のバックグラウンドを、詮索しに来たんじゃないの?
「つまりねコンタクトを装着した状態で、メガネを携帯してきたってこと」
「どうして?」
「これ、あたし笑っちゃったんだけど」
ジェンが両手の親指と人差し指で作った2つの円を目に当てた。
「メガネが珍しいらしいから。譲ることはできないけれど、これで良ければ存分に見ていいよ、って」
ああ、想像できる。ありありと。リックはそういう男の子だった。
上を向く。光学の青が、今日はやけに綺麗に見える。
「……変わってる」
「ほんとねー。で、あのゴミ……じゃなくて、ガラクタ……もとい、ジャンクの山について2時間くらい盛り上がって、あとは6区のインフラについて色々話したんだって」
「うん。それで?」
「それだけ。ディナーも送りも断って、あっさり帰っていったみたい」
「へえ」
「レニのことを何にも聞かないのが不思議、ってナオキ言ってた。私もそう思うよ」
「私も全く同じ意見」
不思議な人。
しかし、それは決して悪い感触ではない。どちらかと言えば、うん。ほっとしたし、素直に嬉しい。
「リックって言うの?いい子ね」
そう。すごくいい人。頭が良いのに優しくて、動物が好きで、時間に正確で、ちゃんと照れ屋で少し子どもっぽいところもあって。そして。
私が聞かれたくないことを、決して聞かない。
夏の風のような人だ。からっと明るくて、空の匂いがするような人。
けれど。だから。
「育ちがいいのよ。純粋すぎる」
「あ、それが怖いんだ」
「多分」
ーー……客?
褐色の肌が嘘みたいに真っ白に青ざめた。あの時の顔を覚えている。
純粋な人は傷つきやすい。ガラスみたいに、ひびが入った途端に弾けて割れる。
レニは幻滅されたくない以上に、リックが傷つく顔を見たくはないのだ。
ジェンが前髪を掻き上げた。ブルネットのポニーテールが左右に揺れる。
「上手くいくといいね」
「うん」


