「モリー、ただいま」
23:00の帰宅。レニは照明もつけず自分の椅子に直行して靴を脱いだ。
踵の上と親指、小指に靴擦れができている。
「使う筋肉が違うのかな。家の中で随分履いたんだけど」
足の指を曲げ伸ばし。パンプスは疲れる。次の出番が来るまでは、ベッドサイドに置いて眺めることにしよう。
レニは立ち上がり、裸足で冷蔵庫へ向かう。冷たい床がぴちぴちと音を立てる。
暗闇に、庫内の青白い光が溢れ出す。心地よい冷気。
ナオキの仕事はパーフェクト。汚れも消えて、なんか綺麗になってるし。
レニはウォーターを取り出す。4℃の設定に間違いない感触。
これよこれ、とその場でキャップの蓋を開け一口。バニラ・フレーバーが疲労感を和らげる。
レニは椅子を窓際に置き、夜時間の第3層を見下ろした。無数のネオンライトが、セントラルタワーに続いている。飴玉をぶちまけてしまったように。
『顔次第よねー。年相応でも、シュッとしてたら許容範囲』
ドレスを返しに行った時のナオミのコメント。リアリストのナオミらしい。
『雇い主は老婦人と一人息子。電気猫も3コいたっけ』
ジェンの言葉を心の中で反芻する。
「今日、私が探した電気猫も3匹だった」
第2層での電気猫探しはちょくちょくある。電気猫のリアル指数を高めに設定すると、所有者の設定した行動範囲エリアを誤認し抜け出す事があるのだ。それは計算されたマーケティングであり、改善される予定は特にないらしい。
予定調和に飽きた人々の、娯楽の一つなのだ。第2層の居住者は、単調な日々を送ることに飽きている。
シーゾナル・ウェザーシステム。
迷い猫。
高級オブジェ。
第3層への求人。
そういうもので、空虚な時間を埋めようとしている人たち。
レニが依頼で行って手続きする際、速度が全く噛み合わない。自分たちには無限に時間があるから、こちらの時間を奪うことへの認識がまるでないのだ。超過分の時給が出るから我慢できるが、どっと疲れる。無駄な時間は耐えがたい。
「……ジェンは、あの家に飼われるのかな」
老婦人と一人息子。電気猫が3匹。ジュエレッタを所有。
ジェンに思い留まってほしい、というナオキの気持ちはよくわかる。以前、フローライト・ガールの中古買取をナオキに依頼したのはあの家なのだ。
買い替えたジュエレッタのオプション感覚で、6区の不幸で綺麗な女を雇った。
『酷いことだ。直したい』
倉庫の中を見つめる店主は、絞り出すような声だった。
店に戻され、修理もされず、倉庫で静かに保管されたジュエレッタ。
ジェンも、近い未来にそうなる。
彼女はそれを寸分違わず理解してなお、ナオキと別れてそこに行くのだ。
『でもあたし、別に幸せになりたくて生きてるわけじゃないの』
それがジェンの生き方なのだ。
「寂しくなる。もう会えないかも」
レニは呟く。モリーが静かに瞬きをする。
顔が割れて、目を見開いたまま手放されたジュエレッタに、ジェンの顔が重なる。
ジュエレッタが、夢を見られたらいいのに。
“Mory, refill. Gentle song.”
“10-4, Leni.”
Morion eyes twinkle like the stars.
Copper arms reach for the unseen light.
Country and Western.


