月面都市で最も重い罪は殺人でも窃盗でもない。
有火罪。火の所有だ。
気圧。
重力。
酸素。
温度。
湿度。
水。
食料。
宇宙線と真空を遮るシェルターシールド内。人工的にコントロールされた生命維持環境において、大気の汚染は最も恐るべき事態の一つ。エネルギーは太陽光と原子力に依存する。
かつて地球では、火は生活の一部だった。
月では違う。
照明。
調理。
暖房。
娯楽。
それらは全て電気エネルギーによる。
だから、月面都市において基本的に「火」という現象は存在しない。発火器具の所有は重罪である。
Fire crime.
マザーシスネム”KAGUYA” から登録を抹消され、コールドスリーブ権、リジョインを剥奪され、αケンタウリへの流刑が取り決められている。
火は厄災。それが24世紀月面人類の共通理解。
だから、今回の事件はセンセーショナルだった。月面都市開拓以来、前代未聞の出来事と言っていい。
ムーンバレー第2層4区Bエリアの27宅が火事で全焼。
死者51名
重傷者15名
軽傷者89名
被害範囲2.30km
高熱炉の故障事故。発火源は1550℃を超えていた。
高熱炉の製造は違法。部品を外星から密輸し、技術者が製造したとみられている。
「モリー。ただいま」
薄暗い部屋はウェザーシステムの不具合。どんよりとした光が6区を覆っていた。
「今日は疲れたよ。全部おじゃん」
レニは帽子をテーブルに置いた。モリーは椅子に座っている。レニの所作を、黒水晶の視線が追う。
がこん、と大きな音で冷蔵庫の扉が開く。
どこもかしこも不具合だらけ。レニは冷えたウォーターを取り出し、キャップを捻って封を開けた。
ミントの香りが鼻を抜ける。喉が渇いていた。一気飲みをし、中身は半分くらいになった。
ボトルを右手に、自分の椅子にレニは座った。足を組み、ブーツの紐を引っ張り緩める。
「火って初めて見た。熱いんだね」
今日。第2層に着いたトローリーの電車の扉が開いた途端、すごい匂いに咳き込んだ。
本社に指示を仰ごうとしたが、異変でムーンバレーの通信網は機能不全に陥っていた。通信は不可能。
レニはとりあえず仕事に向かった。途中、これが火か、とようやく気づく。
現場は視界に映るもの全てがオレンジ色だった。ゆらめく色は多層的で複雑で、どんな光よりも凶暴で、大きく、そして美しかった。
これが火だ。
スクリーンセーバーのように美しい光景だったが、煙と風が痛かった。
“Mission cannot be carried out.”
社用の緊急掲示板にそれだけ書き込み、レニは来た道を駆け戻った。トローリーは止まっていた。また道を引き返し、作戦地点の先にある作戦用トロッコへ向かった。
トロッコ乗り場で連絡があり、「退避しろ。報酬は3割出す」との内容。
アトラクションのような移動で第3層へ。会社に寄って、シャワーと着替え。報酬を受け取り直帰した。ヘトヘトに疲れてしまったし、鼻の奥の焦げた匂いが気色悪くて、買い物をする気分にはなれなかった。
「ダイヤモンドは燃えちゃったな。500モニカがパア」
レニはモリーの顔を眺めつつ呟く。
「宝石女は熱かったかな」
返答はない。モリーは微笑みじっとしている。
ウォーターを飲む。冷たいミントが、体を流れて火の気配を消していく。
「結局、同じなんだよね。燃えちゃったらさ」
元素はC
ダイヤモンドも、人の体も。
500モニカのダイヤモンド・ガール。
How many carats?
How many corpses?
“Refill, モリー。明るい感じの葬送曲を”
Mory stands.
The copper hands layer like prayer.
“Okay. The song in the orange for you, Leni.”
Goin’Home.


