top of page
< Back

7.5_採用面接#02

「マリアンヌ・ホワイトよ」
「ジェニファーです」

うお。奥様、華やか美人。
マリアンヌ・ホワイトは、多分60歳くらい。年より上にも下にも見せない、年齢を武器にした気品のある美しさ。目元の皺がキュートで、スタイルもバッチリ。すらっとしていて、姿勢が綺麗。エメラルドみたいな発色のグリーンの瞳。シルバーの髪色、若い頃は何色だったのかしら。ブロンドかな?
マリアンヌが、レースの手袋をした手を蝶のようにひらめかせた。
「ジェニファー。ちょっと、そのへんをぐるっと歩いてみてくれない?」
「?はい」
こんな試験があるのなら、もっと高いヒールの靴で来るんだった。一度ピタッと静止して、重心を整えウォーキング。
ワン、ツー、スリー、フォー。
「採用よ」
「えっ、はや」
4歩しか歩いてないけど。奥様はニコニコ笑顔で、壁際にいたジャン様を手招きした。
「ジャン、雇用条件を彼女にお伝えして。いつから来られるか聞いてちょうだい」
ジャン様が腰を折る。並んだ姿が、ものすごーく絵になる。奥様がジャン様をスカウトしたの、なんか納得。
「しかし奥様。ジェニファー当人の意向を、先に聞くのが筋かと」
「面接に来てるのに、断るわけないじゃない」
「奥様。お尋ねください」
「もう、わかったわ。ジェニファー、どうする?」
あ。ポーッと見惚れてた。
ジェンはマリアンヌに体の正面を向け、両手をおへその前で重ねる。
「あの。業務内容を先に聞いて、お返事してもいいですか?」
「メイドよ」
「奥様。ジュエレッタのことを」
「ああ。それね。涙を流すジュエレッタを買ったのよ。見た方が早いわ。ジャン、運んできて」
「かしこまりました」
ジャン様が一礼をして部屋を出ていく。ギイ、バタン、と扉が開いてすぐに閉まった。


「あなた、元は2層の人よね?」
奥様が親しげな声で聞く。テーブルと、床のそのへん。距離は5メートルくらい。
二人きりで話をするなら、あんまり遠いと失礼な気もする。けれど、指示もないのに立ち位置を変えていいのかも微妙。
ま、ここでいっか。背が高い人が好きみたいだし、全身を少し遠くで見られる方がいい気がする。
「はい」
「何歳で落とされたの?」
「14歳です」
14歳って口に出してちょっとびっくり。まだ4年前とかなんだ。
「それまでの暮らしを教えて。幸せだった?」
思わず、指に力が入った。……思い出すの、久しぶりかも。
「両親がいて、スクールに行ってました」
「得意科目は?」
「数学です」
「その時の、将来の夢は?」
「夢っていうか、なりたい仕事はシステムエンジニアでした」
「今は何をしているの?」
「バーのフロア嬢です」
遠いなあ。言語化すると、自分が自分でなくなるような気分になる。
両親。
学校。
友達。
気になる男の子。
課題。
習い事のピアノ。
電気犬。
将来の夢。
そういうのを、あたしあの時、全部一気に無くしちゃったんだなあ。
マリアンヌが頷く。緑の瞳が潤み、彼女は手袋の指で目の端を押さえた。
「ああ、可哀想ね。ジェニファー。お客様の前で、そういう話をしてくれる?」
「……え?」
お客様?どういうこと?
奥様は、机の上に肘を置いた。両手の指を唇の前で編むように組む。薔薇色のルージュが微笑みの形で開く。
「みんな、不幸な話で泣きたいの。貴女は綺麗で、ジュエレッタに負けてない。声もいいわ。思ったよりもずっと知的。ストーリー・テラーとして、とても上質」
「……」
えっと……。この人、何を言ってるの?
「私、……何をするんですか?」
「ジュエレッタのリフィルの時に、貴女の不幸話をしてちょうだい」
「不幸話、って……」
「そうだ。ジェニファー。彼氏はいる?」
「あ、はい」
つい、無防備に答えちゃった。緑の瞳が光った気がした。
「長いの?」
「3年前から彼と一緒に暮らしてます」
「出会いは?」
もういいや。駆け引きとか、多分無理だし。そのまま全部答えよう。
「6区に移送された時、男の人に追いかけられてた私を助けてくれたんです。それから、ずっと一緒にいます」
「身長は?」
「17……4だったかな」
「あなたより10センチくらい低いのね。逆にいいわ。顔はどう?美形?」
「かっこいいと思います」
「そう。なら、彼も一緒に雇ってあげる」
「…………え?」
どういうこと?もう、この人の言ってることが全然わかんない。
「それなら寂しくないでしょ?」
寂しいとか……。そういう話、してなくない?
「えーと。それ、本気でおっしゃってます?」
「もちろんよ。二人一緒に仕事して」
ぞわ、と背中を無数の虫が駆け上がるような悪寒がした。
二人一緒にって……?
「……それって、オプションのこと……ですか?」
「そうよ。美男美女なら絵になるわ」
え?……うそでしょ?
握りしめた手の爪が皮膚に食い込んで痛い。痕になるかな。血が出るかも。
「それはちょっと……」
急に怒りが湧いてきた。
いくらお金持ちでも、やっていいことと悪いことがあるんじゃない?
不幸話をしろ、っていうけど。
一日一日、死なずに必死で暮らしただけだよ。
行ってきます、って言って。行ってらっしゃい、って言って。
ただいま、って言って。おかえり、って言って。
それを続けることが、どんだけ大変だったか。
それをもう続けられないから、あたしがここにいるってことが。
どうやって言葉にできるっていうの?
どんな思いであたしたちが生き延びてきたか、知らない人にお涙頂戴で話せって?
人の人生、一体なんだと思ってんの?
「彼は6区で仕事をしてます。自分のお店もあるし、いろんな人に頼りにされてる」

「それがどうしたの?二人まとめて、地獄から救ってあげると言っているのよ」

ああ。そっか。そこで笑顔が返ってくるんだ。
ジャン様の苦虫を噛み潰したような顔、あたし今、ものすごくよく分かる。

ーーコンコンコン。ギイ。バタン。

「奥様。ラピスラズリ・ガールをお連れしました」
車椅子に乗せられた宝石女は、伏し目で口を結んでいた。濃い青の髪。透き通る肌。華奢で壊れやすそうな造形は、”泣く女”にピッタリだわ。
「ああ、ジャン。待ってたわ。それを立たせて。ジェニファー、隣に並んでみて」
ジャン様が手を添えて宝石女を床に立たせる。あたしはそこに行こうと足を出す。ふらついた。立ちくらみ。深く息を吸って、ゆっくり歩く。
隣に立つと、宝石女がこっちを向いた。背は同じくらい。視線がかち合う。
綺麗な宝石の瞳。今は乾いてつるりとしている。

「うん。身長も同じくらい。色彩も対照的で綺麗だわ。まるで月と太陽ね」

あたし、人間なんだけどなあ。この人には、多分同じに見えてるんだね。

白(透過背景) .png

Privacy Policy

Cookies Policy

© 2025 μ Created with Wix.com

bottom of page